9月12日に行われた第79回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選を聴きに行ったので、その感想です。

課題曲は去年と同じ。

次の(a)(b)(c)を30〜40分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。
(a)Mozartのソナタ(全楽章)または変奏曲(全曲)から1曲
(b)自由曲
(c)邦人作品

以下、いつもの通り3次予選の各演奏の感想を(曲目は演奏順。番号は演奏者番号)。

153.
 Mozart: アレグレット主題による6つの変奏曲K.54
 J.S.Bach/Busoni: シャコンヌ
 武満徹: 雨の樹 素描II
 Messiaen: 幼子イエスのそそぐ20の眼差しより、喜びの精霊の眼差し

彼女は去年も3次まで進んでいて、そのときはなかなかの演奏だったのだが、最後の最後で事故ってしまい、本選進出はならなかった。 今年もここまで進んできてくれてまた聴けるのはうれしい。
MozartのK.54はあまり聴き慣れていない曲だが、ツボを押さえてまずまずのようににみえた。 シャコンヌは(Mozartもそうだが)表現が細部までよく練られていて完成度が高い。 技術的にもとても安定している。 新しい発見とか驚きというようなものはないが、安心して聴いていられる。 最後のMessiaenも悪くないがさらにもう少しパワーがあるとよいか。音の強靭さというか、特に高音部でのパッセージに煌きのようなものが。
総合的には、去年ほどの印象の強さはないにしても、今年も本選に行く資格は十分にある演奏であったと思う。 ただ最後のお辞儀のときにちょっと悲しそうな顔をしていたので、本人としては不本意な出来だったのかもしれない(Messiaenはそれほど詳しくない曲なので実は何かあった?)。


171.
 Mozart: ソナタ第5番K.283
 武満徹: ピアノ・ディスタンス
 Beethoven: ソナタ第31番

Mozartは細かいアゴーギクを入れていて優しい雰囲気。(そういえば弾いている横顔もペ・ヨンジュン風の穏やかな顔つき。) 第1楽章では細かいパッセージで少し不安定(不明瞭)なところもあったが、第2楽章での音色の使い方はなかなかセンスを感じさせる。 終楽章も特に強弱がツボをよく押さえている。弾いている姿もとても楽しげ。 Beethovenも音がよい。第2楽章など、力強くかつヒステリックにならないところがよい。 終楽章はアッサリしているが音色、アゴーギクなどやはり雰囲気が出ている。
全体的にセンスを感じさせる演奏だった。これでメカニック的な強さを感じさせればもっとよい。


186.
 Mozart: ソナタ第10番K.330
 Chopin: スケルツォ第4番
 一柳慧: 雲の表情VII 雲の錦
 Balakirev: イスラメイ

Mozartは前の人から一転、速めのテンポで明るく溌剌とした演奏。 指回りがすごく安定していて、トリルも上手い。ミスする気配すら感じさせない。 終楽章などテンポが速すぎると思う人もいるだろうが、それでも指回りにまったく揺るぎがないところが感心する。 Chopinも同じ調子。速めのテンポで細かいパッセージが見事。個人的にはこの曲ではもう少し繊細な表情も見たいと思うが、 難しいパッセージを苦もなく弾いてのけるのは聴いていて爽快感がある。 それでいてメカニックだけで音楽性に難、というタイプではなく、むしろ中間部など歌心も十分に感じさせる。 最後のイスラメイは、過度にアカデミック重視のこのコンクールでは珍しい選曲。(多分音コンでは初めて聴く。) これまでの曲の弾きっぷりからして十分期待させるものがあったが、その通り。 ともかく技術的に安定しており(特に高速オクターブ)、国際コンクールでも十分通用しそうな出来であった。(むしろ浜コンでは崩壊気味の人が結構いる。)
ここまでは、153番の丁寧さと完成度の高さ、171番のセンスの良さ、186番の爽快感のあるテクニックとそれぞれ良さを発揮していて、ハズレと思う人はいない。 ただ186番の印象が強すぎてその前の2人の印象が多少薄れたしまった感はあるかも。


203.
 Mozart: アレグレット主題による12の変奏曲K.500
 平吉奇毅州: ピアノのための哀歌
 Brahms: パガニーニの主題による変奏曲 第1,2巻

にこやかな笑顔で登場。Mozartの出だしを聴いて、この人も上手いというかやりそう。 自信に満ち溢れているというか、非常にいきいきしている。 これまでの人のMozartも決して悪くなかったが、さらに上回る印象。 ただBrahmsは、立派な演奏ではあったがやはりこの曲で技巧的に印象づけるのはなかなか難しい。(この曲に対しての見方が厳しいのかもしれないが。) 女性でここまで弾ければ大したものだが、それでも「女性にしては」という留保がついてしまう。 2巻の後半はやや力攻めが続いたせいか少し聴き疲れがしてきた。軽やかなタッチなど表情の変化をもっと織り交ぜられればよかったと思う。


17.
 Chopin: ノクターンOp.9-3
 武満徹: 雨の樹 素描II
 Mozart: ソナタ第13番K.333
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第9番「ペストの謝肉祭」

FC東京の今野と劇団ひとりを足して2で割ったような顔つきの男性。弾く直前に必ず客席をチラっと見るのが特徴的である。
Chopinは体から音楽が溢れ出てくるような弾き姿。自然な呼吸が感じられる。 Mozartも(昼食後あけで睡魔と戦っていたのではっきり覚えていないが)小細工は少なめで伸びやかに弾いていた。 第3楽章など個人的にはもう少しアゴーギクをつけた方が好みだったが、悪くない。 最後のハン狂9番も音コンでは多分初めて聴くが(そもそもハン狂自体、12番以外ほとんど弾かれることはないが)、 ノリノリで、技術的にも十分こなれており、聴いている方も楽しくなってくるような演奏。音も輝かしい。
全体として、本選に残れるかどうかは別にして(残っても十分おかしくないと思うが)、彼自身もこのステージを十分楽しんだのではないだろうか。


102.
 Mozart: アレグレット主題による12の変奏曲K.500
 武満徹: ピアノのためのロマンス
 Schumann: 謝肉祭

Mozartは前の人、あるいは同じ曲を弾いた203番と比べると音楽がやや硬い感じ。 繰り返しを省略していたのでアレヨアレヨと進んで終わった。 Schumannは音コンの定番曲だが、その水準からすると印象に残るには今一歩であった。


104.
 Mozart: ソナタ第3番K.281
 権代敦彦: ピアノのための無常の鐘
 Beethoven: ソナタ第31番

彼は去年も3次まで進んでいて、そのときも悪くはなかったと記憶している。
Mozartはもう少し勢いがあってもよいか。少し慎重な感じ。トリルももう少し綺麗にキマッているとよかった。(終楽章はよかったが。) Beethovenは今日2回目で、ツボを押さえているのは前に弾いた171番と同様だが、音は171番の方がよかったように思う。


137.
 三善晃: ピアノソナタ 第1楽章
 Mozart: ソナタ第4番K.282
 Schumann: ピアノソナタ第2番

三善晃は第1楽章だけなのでやや中途半端になるところだが、最初に持ってくるとはなかかな考えた。 指回りにキレがあり、全楽章聴きたいと思わせた。 Mozartは彼もどちらかというと小細工少なめの伸びやかタイプ。悪くない。 Schumannはテクニック的に淀みがなく、細部にあまり拘泥せずにサクサクと進んでいくところは好感が持てた(この曲があまり好きではないせいもあるが)。


139.
 Mozart: ソナタ第16番K.570
 矢代秋雄: ピアノソナタ 第1楽章
 Stravinsky: ペトルーシュカからの3楽章

Mozartはよく練られていて完成度が高い。隙がないといおうか。 ただ第2楽章はリズムがやや真面目でもう少し歌があってもよいと思った。 終楽章もちょっと四角四面で、もう少しアゴーギクの変化や遊びがあってもよいと思う。 ラストは難曲中の難曲を持ってきたわけだが、コンクール的にいうと裏目に出た感じ。 第1楽章は何回か乱れかけたし、第2楽章は持ち直したものの、終楽章はちょっと苦しい。健闘はしていたが曲を完全にコントロールしているという感じではなかった。また全体的に音がヒステリック過ぎて聴き疲れがした。


***

というわけで全員を聴き終えたわけだが、今年はいつにもまして粒が揃っていたように思う。 曲のかぶりも少なく(特にMozartは5曲のソナタが聴けた)、 それぞれの演奏を楽しめたという点では、まさに審査付きジョイントコンサートの感があった。

その中で特に印象に残った人を挙げると、186番、17番の2人。186番は技術的なポテンシャルの高さ、17番は音楽的な伸びやかさが印象的。 それ以外では153番、171番、203番、137番も良かったと思う。

そして実際の審査結果は、(演奏順に)以下の4人が本選進出。
 186, 203, 17, 137
今回は私の聴きたい人が残っているので本選は都合がつけば聴きに行こうと思う。

[2010.10.24追記]
結局本選は聴きに行けませんでした。ちなみに結果は以下だったようです。
第1位:17
第2位:137
第3位:186
入選:203

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