久島です。 第65回日本音楽コンクールピアノ部門レポートその2です。今回は第3予選 です(例によって長いよ)。 第3予選の課題曲は以下の3曲(を35〜40分で)。  (a) ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンのいずれかのソナタ(全楽章)  (b) 以下のいずれかの作曲家の作品     シューベルト、ショパン、シューマン、リスト、フランク、     ブラームス、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル  (c) 1950年以降の作品 今年は本選がコンチェルトの年なので、第3予選がリサイタル形式になって いる。場所は同じくイイノホール。今回は第3予選(セミファイナルと言っ てもいい)なのでさすがに客の入りがいい。前の方を除いておおかた席が 埋まった。 第3予選の演奏者は10人。以下演奏順に私の独断によるコメントを。 (敬称略) ・奥村友美(東京芸大付高) 第2予選で私に強烈な印象を与えた彼女である。出身校(新聞に出ていた) を見ると、やはり高校生だった(ちなみ高校生は彼女だけ)。 最初はKurtag(何と読むんだろ?)のAcht Klavierstucke Op.3。低音部の 連打で始まる。前衛的とまではいかないけどいかにも現代的な作品。腕まで バンバン使っている。しかし(初めて聴く曲なのではっきりしたことは言え ないが)曲の雰囲気からすれば打鍵が少し弱いというか、力強さ・鋭さが いま一つ足りないような気がする。 次はハイドンのソナタ第23番(Hob.XVI-23)。粒立ちのいい音である。 実はこの曲は私はよく知らない(結構よく弾かれる曲だけど)のでこれも はっきりとは言えないが、やや表現が単調というか、おとなしいというか、 もっと面白く弾けるのではないかと思う。第2予選で見せた、溌剌とした ところが欲しい。第3予選から彼女の演奏を聴いた人は、普通の子という 感じしか受けないのではないかな。 最後はラヴェルの夜のガスパール。第1曲オンディーヌは冒頭の右手高音部 の音がクリアで、やっと彼女らしさが出てきたかな、と思ったが、聴き進む につれてやはり何か物足りないというか、もう少し音色の変化のようなもの が欲しい気がする。ダイナミックレンジもやや狭い感じだ。第3曲スカルボ も、練り(熟練さ)やメリハリに不足する感がある。フォルテの和音での 余裕のある響き(輝き)にも欠けるかも。もちろん演奏は高校生としては 水準以上であることは確かなんだけど、同じ高校生ならば2年前の菊地裕介 君(2位)の方がインパクトがあったような気がする。見方が非常に厳しい ようだが、期待が大きいとついそうなってしまう。 ・日下知奈(東京芸大) 最初はハイドンのソナタ第50番(Hob.XVI-50)。まあまあだが、装飾音 (トリル)をもう少しあざやかにできないかと思う。3度のキレもいま一つ。 全体に少しなまぬるい感じがする(私がグールドのキレの良すぎる演奏を 聴きすぎていいるせいかな?)。 次は三善晃のソナタ(1958)から第1楽章。これはそれほど悪くない。だが やはり小じんまりというか微温的な感じはする(それほど聴き込んだ曲では ないのではっきりとは言えないが。好きな曲だけど)。 最後はラヴェルの鏡から3曲。最初の「蛾」はペダルのせいか、くぐもった 音がするが、もう少し硬質な音というか透明さが欲しい気がする(私の趣味 だが)。次の「悲しき鳥たち」はまあ普通。最後の「道化師の朝の歌」は はっきりとよくない。リズムが重い(もっと跳びはねる感じが欲しい)し、 この曲の華(見せ所)である同音連打が弱くてよく聞こえない。残念ながら このラヴェルは水準以下であったことは否めない。 ・大西真由子(桐朋学園大) 最初は武満徹の「雨の樹 素描」。私には苦手の曲でコメントできない。 次はモーツァルトのソナタ第10番(K.330)。強弱・緩急のメリハリが あり、前の2人もこれくらいやればいいのにと思う。トリルがもう少しキマる といいのだが。強弱があり過ぎて音が抜けた(ミスタッチ)のように聞こえる 部分があり、もう少し安定性が欲しい気がする。第1楽章再現部の直前では ちょっと大きいミス(危うく止まりそう)。第2楽章では彼女の得意とする、 表現力のあるとこを見せていた。第3楽章では装飾音(トリル)の処理がいま 一つというか少し曖昧な感じがする。全体的にももう1つ。 最後はショパンのソナタ第2番。第1楽章は冒頭の低和音の迫力があり、 見違えるように良い(彼女のオハコか?)。第2主題も十分に美しい。体格? を生かした音がよく響く。第2楽章も冒頭からスピード感があり、これはよい と思っていたのだが、途中の右手が4度重音の半音階で急速に上昇していく ところで「ガクッ」となってしまった。全くぎこちない(別人のようだ)。 彼女は割と完成された演奏をするタイプだけに、技術的限界が見えてしまった という感じがする(ちと厳しいか)。第3楽章(葬送行進曲)は力強い重低音 が魅力的。ちょっと普通の女性では出せない音だ(失礼!)。中間部は一転、 天国的な美しさで、一面の花畑に舞う蝶々を想像してしまった。この表現力は たいしたもの。第3楽章は一級品だと思う。第4楽章も悪くはないと思うが、 この音楽はよくわからない(シューマンが当惑したのもわかる)。 全体としては、ショパンのソナタ第2楽章と第3楽章を審査員がどう見るか が評価の分かれ目という気がする。 ・川島 基(東京音大大学院) 第2予選のレポートでは「真面目な高校生風」なんて書いたけど、実は大学 院生だったようです(失礼しました)。 最初は野田暉行のピアノのための「オード カプリシャス」。これも初めて 聴く曲なのではっきり言えないが、よいと思う。キレ・メリハリ・力強さが あり、よく自分のものしているという感じがする。曲もまあまあ面白い。 次はベートーヴェンのソナタ第24番(通称「テレーゼ」)。これもよい。 和音がきれいで輝きがある。第2楽章はちょっとキレと安定性に欠ける気も するが、これは私がグールドの演奏を聴き慣れているせいかも。 最後はシューマンの謝肉祭。これもよい演奏だった。個人的には(私の趣味 で)いろいろ注文をつけたいところもあったが(例えば「アルルカン」の テーマの跳躍音はもう少しデリケートに、「蝶々」はキレをよく、「めぐり あい」はもう少しleggieroな感じで、などなど)、全体的には力強さ・輝か しい音が気持ちいい。特に最後の有名なマーチから、速度を上げていくフィ ナーレのところはかなり盛り上がった(曲がよいので、うまく弾くとたいてい 盛り上がるとはいえ)。終わった瞬間に拍手。ブラボーの声もあった(友達 だろう)。拍手の音がこれまでより数dBは高かった。今まで弾いた4人の中 では間違いなくベストだろう。 ・田村篤志(東京音大卒) 最初はベートーヴェンのソナタ第27番Op.90。荒いというか、ぶっきらぼう というか、もっとニュアンス(陰影)が欲しい。スケールでの素早い下降部分 での明晰性や安定性もいま一つ。第2楽章はもっと音をよく聞いて音を磨いて 欲しい。全体的に「イマニ」ってところだ。 次はブラームスのパガニーニの主題による変奏曲Op.35。はっきり言って、弾く のが精一杯というか、それもおぼつかないという感じ。個々の曲を云々する 段階ではない。最後の変奏が終わってヤレヤレ思っていると、すかさず第2巻 を弾き始めたので「まだ弾くのか」と思わずプログラムを見てしまった(^^)。 第8変奏(真ん中から左右に分かれていくやつ)では超スローペースをとって いたので、一瞬知らない変奏が始まったかと思ってしまった(なかなかユニ ーク)。 最後はプーランクの15の即興曲から第13番と15番。いずれも軽めの曲で、 「アンコール」的な位置付けだった。 正直言うと彼の第2予選の演奏を聴いたときは、彼が第3予選に進むとは思え なかった(もちろん彼のせいではない)。審査員は眠っていたのか? ・橘高昌男(東京芸大) 最初はモーツァルトのソナタ第17番(K.576)。すっきりとした演奏。適度な 表情づけがあり、音楽的センスを感じる。ただもう少し技術的安定性があると よいかと思う。第2楽章では(玉を転がすような)粒の揃った音が欲しい気も する。第3楽章ではテーマでの左手の動きにもう少しキレが欲しい。多分自分 ではわかっていると思うのだが、メカニックがその要求についていってない のかも知れない。でも後半だんだんよくなっていった。だいぶ厳しいことを 言ってるかもしれないが、モーツァルトのツボは押さえているし、全体的には 悪くない。 次はフランクの前奏曲、コラールとフーガ。前奏曲はもう少し音にクリアさと いうか輝きが欲しい気もするが、感じは出ている。コラールは十分きれいで よかった。フーガから最後にかけても感動的。いい曲だなぁ。(この曲は去年 の日本国際音楽コンクールで何回も聴いて好きになった。) 最後はこれまた三善晃のピアノソナタから今度は第3楽章。これもまずまずで、 曲のおもしろさを十分伝えていたと思う。楽しめた。 全体的に音楽的センスを感じさせる演奏で、テクニックで圧倒するタイプでは ないが、3曲ともまずまずという印象。彼も「当確」かな? ・伊藤野笛(東京芸大大学院) 最初はハイドンのソナタ第48番(Hob.XVI-48)。出だしでちょっとミスを した(気のせいかな)が、その後はとても安定している(速い走句など。やや 優等生的なところはあるが)。第2楽章はややキレを欠いたところもあった かもしれないが、例によって私がグールドの演奏を聴き慣れているせいかな。 全体としては楷書風というかガッチリしているというか、彼にはこういう ソナタが合っているのではないかと思った。今日これまでに聴いた古典派 ソナタの中では1番よかったのではないかな。 次はブラームスのピアノ小品集Op.119。一言で言って非常に真面目な演奏。 でも真面目過ぎて面白みが足りないというか、もう少し小細工というか 手練手管を使ってもいいのではないかと思った(正直言って私はこの曲が 苦手なのでそう感じたのかも)。 最後はCasteredeの「セロニアス・モンクへのオマージュ」。これも初めて 聴く曲。最初から前衛的というか、構成が全くわからないというか、先が 読めないというか、もう私の許容範囲を超えているなぁと思っていると、 途中から突然急速なバス・オスティナートが始まり、右手は和音を連打する など、面白くなってきた。(やはりビートのある音楽はいい。)これがどん どんエスカレートしていって、たたみ込むような勢い。最後は鬼気迫るもの があった(演奏している本人はいたって冷静だったが)。演奏がどの水準に あるのかはわからないが、楽しめたことは確かである。この曲が聴けただけ でも今日来た甲斐があったという感じだ。 ・山口博明(京都市立芸大研究科) 第2予選を聴いて、本選に一番近いところにいるのではないかと思った彼で ある。最初はベートーヴェンのソナタ第2番Op.2-2。主題前半のスケール的 に素早く上昇するところでいきなりミスして心証が悪い。メリハリはあり、 ダイナミックレンジも広いのだが、気負いがあるのか、ミスがやや多いと いうか、多過ぎる。ちょっとテンポが速すぎるのではないか。第2、第3楽章 はまずまずだったのだが、最終楽章ではまたテンポが速すぎるのかロンド 主題の急速に上昇するところでミスを重ねる。何かせかせかしている感じで、 実力はあるのだから、もっと落ち着いたテンポで弾けばと思うのだが。何を そんなにあわてているんだ、という感じ。終わりの方ではついに止まって弾き 直すミス。「あー、やってもうたか。」最後はボロボロ寸前。うーむ、調子を 維持するのは難しい。 次はラヴェルの水の戯れ。やはりテンポが速い。前曲での動揺がまだ残って いるのか、細かいミスが出る。全体的には雰囲気は出ているが、何か怪し そうに聞こえる部分もある(気のせいか)。 最後はセロツキのプレリュード組曲。これも初めて聴く曲だが、適度に現代 的で割とわかりやすい曲(なかなか面白い)。演奏の出来はよくわからない が、(他の曲の今日の出来からして)それほどいいとは思えない。 全体的に彼本来の実力が出せなかったという感じ。この出来では本選出場は ダメかも。 ・倉本真理(東京芸大) 最初はベートーヴェンの熱情ソナタ。第1楽章はトリル(頻出する)がもう すこしピタっとキマって欲しい(そう言えば数年前の江澤聖子はうまかった なぁ)。最後の方、カデンツァ風にアルペジオで縦横に動き回るところは うまかった(第2予選の木枯らしエチュードを思い出した)。第2楽章では 第3変奏での32分音符の動きがちょっと不安定。第3楽章はまあまあ。全体 的には水準以上だろう(ちょっと甘いか)。 次はショパンのソナタ第3番から第1、4楽章。第1楽章はなかなかよい (彼女にはショパンが合っている?)。第2主題の歌い方がやや紋きり型 というかもっと歌って欲しい気もする(私の趣味)。後半やや疲れが見えた 感もある。第4楽章(それにしても、ショパンの音楽の中でも一番美しいの ではないかとさえ思う第3楽章を飛ばすのは、時間のためとはいえつらい) は、やや弱々しいかと思ったが、後半は十分力強くなった。問題の16分音符 での速いスケール(的動き)はうまく弾けている。なかなかよい。 最後はハチャトリアンのソナタ(1976版)から第1楽章。実はこれも初めて 聴く曲なのだが、非常に良いように思う。明るい音で、キレもよい。曲も 面白い。3曲の中では1番いいのではないかな(完成度も高い)。 全体的に尻上がりによくなっていった感じがする。ただ、ソナタが3曲連続、 しかも2曲は抜粋ということで、プログラムにちょっと問題(詰め込み過ぎ) があったかもしれない。 ・鶴見 彩(東京芸大大学院) 本日最後の演奏。最初はベートーヴェンの「告別」ソナタ。第1楽章は難所 (右手が和音で急速に上昇するところ)もうまくいき、悪くない。途中で ヤバそうな箇所もあったが(気が抜けたか)。第2楽章もまずまず。ストレ ートな表現というか、音色の変化をつけないが、それも一つの行き方。第3 楽章も、速いパッセージでちょっと怪しいところもあったがまずまず。音も 十分に響いていた。全体的によい出来。 次はバーバーの「ノクターン--ジョン・フィールドへのオマージュ」。これも 初めて聴く曲。確かに現代風のノクターンという感じで悪くない。この曲を 前後の曲の間の幕間というか、緩徐楽章のように位置付けているようだ。 センスのあるプログラム(選曲)という気がした。 最後はリストのソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」。実はこの曲は(リスト 好きの)私がリストの曲の中でも1、2を争うくらい好きな曲なので、曲の 方に集中というか感動してしまって、演奏の出来についてはあまりコメント できない状態である。でも曲の感じは出していたと思う。ミスも少なからず あり、最後のPrestoでの跳躍部分(難所)ではかなり大きなミスをしてしま ったが、十分に楽しめた。やはり曲が良いからかな。 *** 第3予選を終えて、私が是非また聴いてみたいと思う人は、実は正直言って いなくなってしまった。川島氏の演奏は確かによかったけど、強烈な印象を 残すというほどではないし...でも強いて言えばやはり彼か。あと、奥村嬢も 「夢よもう一度」というわけじゃないけど第2予選での冴えを何とかもう一度 聴いてみたい気はする。 冷静に見れば、川島基、橘高昌男、伊藤野笛の3人は本選に行けそうな出来。 日下知奈、田村篤志、山口博明は苦しいだろう。その他の4人はボーダーと いう感じ。 で、実際の結果は... 以下の4人が本選出場。  大西真由子 川島基 橘高昌男 鶴見彩 伊藤野笛が落ちたことがやや意外だったことを除けば、まあそんなものかと いうところ。奥村嬢は捲土重来に期待。でも正直言って今回の本選出場メン バーはちと魅力に欠けるという印象である(本選は行こうかどうしよう...)。 なお本選は10/23(水)。