9/7に行われた第67回日本音楽コンクールのピアノ部門2次予選の1日目の感想です。

2次予選の課題曲は以下の(a)(b)(c)(d)を18-25分にまとめて演奏するもの。

(a) J.S.Bach: 平均律から1曲
(b) Chopin: エチュード1曲(遺作を除く)
(c) Liszt: エチュード1曲
(d) Faure, Debussy, Ravelの作品

(b)(c)(d)は去年と同じ。今年はそれに(a)が加わった。

ちなみに1次予選は1日(4日め)だけ聴きに行った。1次の課題曲は去年に続いてBeethovenのソナタで、3番か21番のいずれかの第1楽章を抽選。去年の1次は全般的に(と言ってもやっぱり1日しか聴いてないけど)低調だった印象があるが、今年はそれよりは上向いた感じ(有名曲だからかな)。演奏者で特に印象に残ったのは安部可菜子と山本留美奈さん。安部さんは入ってくるときから不敵な笑みを浮かべて自信満々そうだったが、メカニックが優れていてそれを裏付けていた。実際、3番の冒頭の重音トリルがちゃんと弾けていたのは彼女だけだった(それはそれで情けないものがあるが)。山本さんは日本人離れした顔だちとプロポーション(8等身?)で、演奏も非常に積極的、能動的で惹き付ける。しかし山本さんは2次には進めず、誠に残念。

以下、2次予選1日目の全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

7.小早川朗子
最初はBachのII-2(第II巻第2番の略。以下同様)。前奏曲はモコモコともたついた感じで歯切れがよくない。私がグールドの演奏を聞き慣れているからかもしれないが。フーガも音色的にやや単調。続いてFaureの主題と変奏Op.73。Faureを苦手とする私は多分初めて聴く曲で、はっきりとしたこと言えないが、主題の提示部がやはり響きが単調。悪い意味で機械的で、音楽センスを多少疑わないでもない。残りの変奏もあまり曲の面白みが感じられなかった。続いてLisztの鬼火だが、これはまずまず。もちろんまだ完成度を上げる余地はあるが水準には達している感じ。最後はChopinのOp.10-8。これもまずまずで悪くない。これまでの4曲の中では一番いきいきとしている。

11.木下順子
彼女は去年も3次まで進んでいる(が、弾いているときは全く気が付かなかった。あまり印象に残らなかったせいかな)。BachはII-9。前奏曲は右手がよく歌っており、一本調子でないところがいい。前の演奏者よりセンスを感じる。フーガも良い。自分の音をよく聞いていて、崇高な曲調と相まって思わずゾクゾクっとした(ホールの冷房がキツいせいもあるけど)。この後に期待を持たせるBachだ。次はLisztの超絶第7番「英雄」。かなりゆったりとしたテンポでよく考えられているが、曲が進むにつれてそれがもたついた感じになってくる(特にクライマックスのダブルオクターヴやその前の右手が素早く動くところ)。ルバートが多く、速いテンポでは弾けないのでは?と思わせる。技巧的たくましさに欠けると言ったらよいか、少なくともLiszt向けではないと思った。次はRavelの鏡から洋上の子舟。音色が柔らかくて洋上の感じが出ている。ただ右手の高音部に出てくる重音のトレモロがやや硬いか。鏡で「道化師」を弾かないをは珍しく、どうも彼女はテクニックより音楽性で勝負するタイプのような感じだ。最後はChopinのOp.10-1。これもややミスが多く安定性に欠ける。右手の最高音だけ異様に強く響くのが気になる(が、他の演奏者でも似たような傾向があったのでこれはピアノのせいかもしれない)。

12.平山有香
淡いピンクのドレスでおしゃれしている。年齢もまだ若そうである。BachはI-17。前奏曲はペダルを使ったり強弱を変えたり工夫をしているのはわかるのだが、ややわざとらしい感じがして、本当に感じているのかやや疑問。フーガもやや単調で、表現が何か幼い(こちらは前奏曲より表情を付けるのが難しいせいか)。次のChopin Op.25-6は出だしでちょっとミスったか。右手に神経が集中しているせいか左手がやや弱い。表情の付け方も機械的な感じがする。次はDebussyの前奏曲から「アナカプリの丘」「奇人ラヴィーヌ将軍」「花火」の3曲。全体的に溌剌として元気がある。反面、陰影は少ない。前の2曲に比べると弾く姿も心なしか生き生きしている。メカニックが優れていることがわかる(あまり聞き込んでない曲なので甘いのかもしれないが)。最後はLisztの夕べの調べ。これは思ったより良かったというか健闘している。女性がこの曲を弾くと連続和音などでやたらスローなテンポをとってモタモタした感じになりがちだが、割と普通のテンポでもたついたところがない。中間のPiu lentoのところの歌い方がイマイチではあったが。

15.兼古隆貴
髪形がちょっとキーシン風である(あそこまで爆発していないが)。BachはII-11。前奏曲はやや機械的というかぶっきらぼうな感じだがタッチは安定していて悪くない。フーガも一本調子というか変化がなく(それほど途中に変化を付ける曲でもないが)、前奏曲ほど安定感していない。ChopinはOp.25-10。ところどころに弱くなる音があるが全体的には悪くない。やはり機械的で、良く言えばリズムが正確であわてない。そして中間部はあくまで歌わない。次はDebussyの前奏曲から「音と香は夕べの大気に漂う」「西風の見たも」のの2曲。「大気」の方はあまり詳しくない曲だが低音がよく響いて迫力はある。「西風」の方は途中で入る右手高音のきらめくようなパッセージがやや弱いというかおとなしい(ベロフの旧盤を聴き慣れているせいかな)。最後はLisztの超絶の狩り。これもやや迫力とスピード感に欠ける。音コンではともかく、国際コンクールだったら水準以下であろう。

18.青木麻里子
BachはII-23。前奏曲は軽いタッチで左手が少し弱い。悪くはないが、より一層のタッチの均一性と安定性が欲しい(グールドを聞き慣れていると厳しくなってしまう…)。フーガは一本調子にならない工夫は感じられる。次のLisztは超絶第10番(コンクールの定番)。出だしは音の分離が悪くモヤモヤしている。全体的には軽量級で線が細い。次はChopinのOp.10-4。よく練習していることはわかるが小さくまとまっている感じ。強靭なテクニックという感じではない。最後はRavelのスカルボ。これもクリアさ、キレに欠ける(特にテーマに出てくる同音連打など)。平凡というか、この曲の命ともいうべき凄みがない。全体的に、どの曲もそれなりにまとまってはいるが、それで精一杯という感じでポテンシャルの高さをあまり感じない。

21.岸本雅美
去年は本選まで行きながら「審査辞退」となった彼女である。入賞者は次回の1次は免除になるのだが、「審査辞退」のため入賞にはならず今年も1次から受けたのはお気の毒である(気のせいか挨拶するときも苦笑いをしていたように見えた)。最初はBachのII-19。優しい、よくコントロールされた音で、さすがにうまい。個人的には(グールドのように)左手のバスをもう少し強調するのが好みであるが。フーガもスピード感があり、クリア。1ヵ所、明らかに指がもつれるミス。大勢に影響はないだろうが、ちょっと油断したか。次のChopinはOp.10-8。速めのテンポで工夫もある。Bachもそうだが音楽的である。ただもう少し丁寧さも欲しい。Lisztは超絶の狩り。これはちょっと作り過ぎというか表情を付け過ぎの感じで、もっとストレートにいった方がよい気がする。ミスもやや多い。最後はRavelのスカルボ。速めのテンポで、曲の流れというか勢いを重視した演奏だが、反面荒っぽいといか正確さに欠ける。曲の狂気は現れていいるが…。審査員がどう判断するであろうか。

26.大室晃子
白地に柄のワンピースで、少女っぽい服装である(まだ若そう)。BachはII-5。前奏曲はストレートで小細工なし。元気である。音ヌケなどのミスは多少あるがまずまず安定している。フーガも小細工なしで、何も考えてない感じ(考え過ぎて停滞するよりいいか…)。次のChopin Op.25-5は精妙さに欠ける。ペダリングにやや難がある感じ(踏みすぎ?)。Lisztは超絶10番。これも出だしから音の分離が悪くやはりペダリングに難。途中の、右手がオクターブでテーマを弾きつつ左手が分散和音で何度も上行するところ、暗譜が完全でなくて弾き直すところもあった(多少飛ばしたかも。それにしてもここはあやふやになる人が多い)。最後はDebussyの喜びの島。軽いタッチで、筋は良さそうだけどもやや微温的というか大人しい。全体的に、まだまだ発展途上だろうからこれからも頑張って、という感じである。

28.仁上亜希子
紺のノースリーブのワンピースで、彼女もまだ若そうである(間違っていたら失礼)。BachはII-20。前奏曲は淡々としてあまり表情づけがない。可もなく不可もないというところ。フーガは音色の変化がなくやや機械的。指はよく回っているが。続いてChopinのOp.25-6。これはまあまあ。左手はもう少し歌ってほしい。右手のクリアさも改善の余地あり。次のLisztは超絶10番。これも右手のオクターブのfで奏する旋律が機械的というか非音楽的なのが気になる。最後はRavelのクープランの墓から前奏曲、メヌエット、トッカータの3曲。最初の前奏曲は悪くない。音がクリアというか透明感がある。個人的には中間部での左手の細かい音型をもう少し目立たせるのが好みであるが。ただトッカータはイマイチ。出だしでいきなり音抜けのミスがあり、その後も繰り返される同音連打で音の均質性というか軽やかさにやや欠ける。まだまだ磨きの余地がありそうである。

29.岡部佐惠子
彼女も去年3次まで進んでいる(が、やっぱり覚えていなかった)。BachはII-5。前奏曲は大室さんに比べると細かな表情づけがあって熟成されている。フーガも響きが豊かでペダルの使い方がうまい。音楽的というかセンスが感じられる。次のChopin Op.10-8は細かい動きがややあいまいになるところがある。もう少しクリアさがほしい。Lisztはまたまた超絶10番。出だしの音型はまずまずだったが、その後に出てくるところではあまりクリアでない。右手オクターブでの歌い方はうまいが、ややペダリングに頼り過ぎかも。最後はDebussyの喜びの島。これも大室さんに比べるとずっと手慣れている感じ。ただ、まとまってはいるがもっと自分を出してもいいのでは、と思う。全体的にどの曲も悪くはないが、何か物足りないという印象。

32.津島啓一
BachはI-10。前奏曲は速めのテンポ、ストレートで明晰。トリルがちょっと甘いか。フーガも明晰なアーティキュレーションでやっぱり変化をあまりつけない。(小細工というか表情をたっぷりつけるやり方もあるが、どちらがいいと言うことはないだろう。)次はChopinのOp.10-8。出だしのトリルでいきなりミス。細かいところはやはり曖昧だがキレはまずまず。続いてLisztのマゼッパ。健康的というかおおらかというか、自然体で弾いている。妙に凝ったところや作ったところがない。技巧は特に優れているわけではなく、中間部の終わりの方で右手が連続和音で降りてくるところはややぎこちない。終盤でテーマを2拍子で弾くところもややスロー。細かいミスはあまり気にしないという感じ。神経質でないのはいいのかも。最後はRavelのスカルボ。細かいところの完成度は高くないが、スケール、勢いはあり、それは評価できる。完成度はまだ低いけれど、将来ひょっとしたら化けるかもしれないという印象である。

35.日高京子
BachはI-4。前奏曲は淡々としているがまずまず。フーガも悪くない。声部の弾き分けがしっかりしていて、センスはある。次のChopin Op.10-4も2、3危ないところはあったがうまくまとめている。続くLisztの吹雪(雪かき)もソツなくまとめている。スケール的にはこじんまりしているが。また右手の最高音で弾くメロディーの歌い方もやや不十分かもしれない。最後はDebussyのエチュードから3度のために、と8本の指のために。3度の方がやや重い。ペダル過多というか、レガートをペダルでごまかしている感じがしないでもない。8本指の方も(好みの問題だが)ややペダルが多い感じ。もう少しクリアさ、明晰さ、乾いたところが欲しい。全体的には(岡部さんなどと同様に)「無難にまとめた」系に入るか。

46.澤田智子
BachはII-1。表現がストレート過ぎて、やや幼い印象を受ける。音色、響きが単調である。フーガも一本調子。ペダルの使い方がイマイチで響きが過多。メカニックもやや不安定。全体的にあまりよい印象はない。Chopin Op.10-8もちょっと不安定でミスも多い(心証の悪いミスもあり)。次のLisztは超絶第2番だがこれもぎこちない。2番は音コンではあまり弾かれない曲だが、水準に達していない感じだ。一応曲の形にはなっているものの、なんとか弾いているだけという感じ。準備不足の感がある。最後はDebussyの映像第1集から「水の反映」と「運動」。「運動」はよく言えばおおらかだが、悪くいえば響きに無頓着で磨かれていない。正確に弾くことで精一杯なのかもしれない。指はまずまず回っているが。

47.富永陽子
彼女もまだ若そうな感じである。入るときになぜか不機嫌が表情をしている。BachはI-18。前奏曲はぶっきらぼうで(悪くいえば)情感もへったくれもないという感じ。フーガもぶっきらぼうでストレート過ぎる。彼女は果たしてこの曲が好きなのだろうか?。後半危ないところもあった。次はChopinのOp.25-11。これもあまりよくない。左手が非音楽的で、自然な流れが感じられない。右手もややぎこちない。次はLisztのパガニーニ練習曲第6番。これもまだ荒削りの段階というところ。特に第4変奏や第9変奏のようなレジェロ系の曲がイマイチ。ただ奔放なところはこれまでの3曲の中で一番よいのかも。(余談だが、演奏曲リストにはGrand Etudes ...ではなくEtudes d'execution transendante d'apres Paganiniとなっていて、ひょっとしたら1838年版を弾くのかと思ってしまった。それだったら見モノだったけど。)最後はDebussyのエチュードから組み合わされたアルペジオのために。これは神経質でないところがよい(変な誉め方だな)。全体的には、BachとChopinの印象がよくない。(帰るときも不機嫌な表情のままであった。何かいやなことでもあったのだろうか。)

59.梅沢美穂子
最初はBachのII-5。前奏曲はキビキビしており、技術的な安定感もある。今日この曲を弾いた3人の中では1番いいかも。フーガはゆっくりめのテンポでやや単調かもしれない(経過句での表情の変化が少ない)が、主題の始めの3つの音が鐘のようによく響く。全体的には悪くない。ChopinのOp.25-11もまずまずソツなくまとめている。最初の右手が降りてくるところでテンポ設定が速すぎて、そのあとで元に戻した気がしないでもないが。次のLisztの超絶10番はややミスが多くちょっと弱い。ややモタモタしているというかスピード感に欠ける感じ。また途中の(よく左手の暗譜を忘れて止まりそうになる人がいる)ところで右手をミス。最後はDebussyはまとまってはいるが、岡部さんと同様、個性というかインパクトというか、そういう魅力には欠けるかも。

62.山崎早登美
本日最後の演奏者。BachはI-15。前奏曲はまずまず悪くない。(これは私の好きな曲なのでそのまま普通に弾いてくれればいいという感じだ。)フーガは安全運転だがどこかぎこちない。がストレートというか明晰でそんなに悪くない。(それにしても今回はBachで止まる人が一人もいなくてよかったよかった。)次はChopinのOp.25-10。手は大きそうでないのによく健闘している。でもやっぱり彼女向きの曲でないと思うのだが…。続いてLisztの超絶から「英雄」。これも力強さがあってよく健闘しているが、ややもたつくところあって、ここらへんが限界か。最後はRavelのスカルボ。これも特に悪くもないが良くもないといったところ。ダイナミックだがやや丁寧さが足りない。それにしてもみんなスカルボが好きだなぁ…。

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2次の1日目を聴いての印象は、特に悪い人もいないが、良い人もいないというところ。その中ではやはり岸本さんが頭一つ抜け出ている感じはするが、やや荒っぽいというかミスが多いのが気になった。その他は、明らかによくない2、3人を除けば、優劣をつけるのは(私には)ほとんど不可能という感じ。りんごとバナナを比べるようなものだ。現在の完成度を見るのか、それとも将来性というかポテンシャルを重視するのかによっても変わってくるだろう。審査員がどのように判断するのか、逆にちょっと興味深いところである。

全体的にはBachは結構よかったが、Lisztでは満足させてくれる演奏がなかった。

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