9/8の第67回音コンピアノ部門2次予選2日目の感想です。

2次予選の課題曲は以下の(a)(b)(c)(d)を18-25分にまとめて演奏するもの(再掲)。

(a) J.S.Bach: 平均律から1曲
(b) Chopin: エチュード1曲(遺作を除く)
(c) Liszt: エチュード1曲
(d) Faure, Debussy, Ravelの作品

以下、2次予選2日目の全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。番号は演奏者番号。

70.坂田朋優
BachはI-22。前奏曲はまずまず情感がこもっている。フーガも悪くないが音色がやや単調。経過句などでもう少し変化をつけてもいいのではないか。途中のトリルも決まらなかった。ChopinはOp.25-5。速めのテンポだが音ギレが今ひとつ。もう少し軽妙な感じが欲しいところ。中間部であまりテンポが落ちないのは好感が持てる。全体的には悪くない。続いてLisztの鬼火。出だしのところは安全運転でなんとかクリアしたが主部の右手重音はぎこちない。音ヌケも結構ある。あまりよい出来ではなかった(昨日弾いた小早川さんの方がよかった)。最後はRavelのクープランの墓からメヌエットとトッカータ。トッカータはやや荒削りであわてたような感じがするので、もう少し落ち着いて丁寧にやってもいいような気がする(畳み掛けたい気持ちはやまやまだが)。でも悪くない。全般的には筋がよさそうな感じ。練習すればもっとうまくなりそうではある。

72.渚智佳
彼女は去年も3次まで進んでいる。BachはI-9。前奏曲はゆったりしたテンポで情感が出ていてよい。一本調子でもない。フーガは音色の変化などよく考えている。個人的には(例によってグールドの演奏を聞き慣れていると)もう少しキビキビしていてほしいが。次にRavelのスカルボ(スカルボを途中に入れるのは珍しい)。いくつかミスはあるものの無難にまとめた感じ。特に良くも悪くもないといったところか。続くChopinのOp.10-8も悪くない。ダイナミックで流れがあり、機械的になっていない。最後のLisztはパガニーニ練習曲の第6番。テーマのアルペジオのところがややぎこちない。他の変奏もややミスが多く、鮮やかな技巧という感じではない。ただ全般的にはそんなに悪くない。

76.水谷寛子
最初はBachのII-14。前奏曲は右手がよく歌っているのは良いがそちらに神経が集中している感じで、左手にも歌わせてあげてほしいところ。フーガは淡々として静かな印象を残し、不思議な魅力がある。今度は左手が(雄弁とまでは言わないが)おざなりになることはない。ただ一瞬指がもつれて止まりそうになった(心臓に悪い)。次のLisztの「軽やかさ」も(ダイナミックの逆という意味で)スタティックな演奏。ただクライマックスの右手の3度のところが怪しかった。続いてChopinのOp.25-11。右手の細かい動きがまずまず安定している。ただ中間部の右手と左手が役割交替したところでちょっとテンポが落ちるが気になる。最後はDebussyの喜びの島。これはまとまっていて完成度が高い(この曲はあまり聞き込んでいないので評価が甘いかも)。全体的にスタティックな魅力のある演奏という印象である。おじぎのときに微笑むのも好印象。(前の渚さんもそうだが、おじぎのときに苦虫を噛みつぶしたような表情の人が多い。ニコっとするくらいの余裕がほしいものである。)

77.鈴木慎崇
青いシャツに黒のズボン(学生ズボンか?)で、高校生風である。最初はいきなりChopinのOp.25-10だがこれはなかなかよい。力強く迫力があり、一気呵成に持っていくという感じ。中間部もまずまず歌っている。(ちなみにBachを最初に持って来なかったのは彼だけ。最初に一番得意な曲を持ってくるのは好印象を植え付けるという意味でコンクールではいいと思うのだが…。)次にBachのII-2。前奏曲はイマイチ。タッチが安定していない。が、フーガは悪くない。音色の変化もありテーマもよく出ている。続いてLisztの「吹雪」。ミスはやや多いがスケールが大きい。右手の最高音で弾く旋律もよく歌っており、曲の流れというか盛り上げ方もうまい。次のFaureの夜想曲第2番Op.33-2。Faureは喰わず嫌いでこれも初めて聴く曲。中間部は夜想曲というイメージと違ってアップテンポで結構技巧的に書かれており、楽しめた(Faureも悪くないと私に思わせたのだから成功だろう)。最後にDebussyの喜びの島。最初の方、ペダルのせいか霞がかかったようになるのは気になる。荒削りで、細部の完成度は前の水谷さんの方が上だが、スケールがある。全体的には1日目を含めてこれまで聴いたなかでは一番「可能性」を感じた。

82.松本和将
BachはI-4。前奏曲はくぐもった音で左手もよく歌っている。装飾音もセンスがあって上手い。フーガも上手い。声部の弾き分けもできている。完成度が高い。国際コンクールに出しても恥ずかしくない出来だ。次はChopinのOp.25-11。これも上手い。響きに注意を払っているというか自分の音をよく聞いている。メリハリもある。ミスもなく完成度が高い。次はRavelのクープランの墓のトッカータだが、これは前の2曲と比べるとそれほどよくない(前の2曲が良すぎたか)。最初の方でちょっとミスもあった。(コンクールでは一番よくない曲は最後から2番目あたりに持っていくのがいいと思っているので、これは結果的にはよかったかも。多分本人はそんなつもりはなかっただろうけど。)最後はLisztのマゼッパ。音に輝きがあり、まさにLisztの音という感じがする。技巧も余裕があり、ダブルオクターブでジグザグに動くところなどは鬼気迫るものがある。2日間で初めて満足できるLisztに出会えたという感じ。2次予選でなかったら思わず終わったところで拍手するところであった。全体的に確かな技巧と音楽性を併せ持つタイプで、これまで聴いた中では本選に一番近いところにいる感じである。これでもし3次に進めなかったら、3次はもう聴きにいかないところだ。

88.加藤大須
BachはI-18。前奏曲、フーガとも淡々としていて、前の松本君と比べると表面的な感じがしてしまう。次のChopin Op.25-8はミスが多くぎこちない。ややペダル過多で、ペダルでレガートをごまかしている気がしないでもない。この曲はコンクールでうまく弾かれたのを聞いたことがないので仕方ないのかもしれないが。次にLisztの超絶の「狩り」。最初の方の和音連打で派手にはずすなどミスが目立つ。その後もミスだらけというかハズシまくりと言っても過言ではない。最後のスカルボが多いに不安になる出来であった。そのスカルボは「狩り」で不安視したほど悪くはなかったが、雑で、水準には達していない。和音の強打だけが空しく響く感じである。

92.ホラーク・ミハル
名前を見たときは日系外国人の女性かと思ったが、東南アジア系でかつ男性であった(実は彼は去年も出ている。1次で落ちたようだが)。長髪でラフな格好をしており、一見ベトナム難民風である(失礼!)。最初はBachのII-2。前奏曲はタッチが安定せず、テンポも揺れる。一言でいって全然ダメ。正直言って後の演奏を聴く気がしなくなるような出来。でも(好意的にみれば)どんな音楽にしたいのか意欲は伝わってくる。前奏曲の出来からみてフーガでは止まるんじゃないかと不安だったが、意外とそれほど悪くなかった(良くもないが)。次はChopinのOp.10-12。最初の左手の細かい走句がクリアでない。ただ全体の大きな流れというかフレージングというか呼吸は悪くない。続いてLisztの超絶10番。これも細部がクリアでない。また(よく止まる人がいる)例の箇所では左手がおかしかった。全体的にイマニというところ。最後のDebussyの喜びの島はLisztほどは悪くない。これも(好意的にみれば)細部より流れを重視した演奏。

94.澤崎美里
BachはII-8。前奏曲は最後の方でヨレて危なくなり、あせってテンポも早まった。それまでは可もなく不可もなし。フーガは最初の方で危ないところがチラホラあり、そのせいか、聞いていて不安定な感じがするというか安心して聞けない(気のせいかもしれないが)。次のChopin Op.10-8は後半少し乱れたがそれ意外はまあ普通。スケールは大きくない。続いてLisztの超絶の「狩り」。線が細いというか低音が弱く、高音部だけが金属的に響きがちである。中間部でのフレーズの切り方もやや疑問(延々と続いて息を継ぐところがない)。後半のオクターブでの跳躍部も乱れた。全体的にこれまで聴いた狩りの中で出来のいい方ではない。最後はRavelのスカルボだが、これもはっきり言ってよくない。ミスも多く、水準以下と言わざるをえない。

103.坂野伊都子
BachはII-2。前奏曲はテンポが走るところもあり、イマイチ。フーガも同様でセンスがあまり感じられない。次はChopinのOp.25-11。右手の細かい動きが結構しっかりしている。が、途中で危ないところもあった。でもBachより手慣れた曲という感じがする。次はDebussyの「交替する3度」と「花火」。3度はまあまあ、花火はメリハリがあってなかなかよろしい。完成度が高く、自家薬籠中の曲という感じだ。最後はLisztの「英雄」。とにかく音がデカく(確かに腕っぷしが強そうだ)、スケールは大きいが、聞いていてちょっと疲れる。120%の力を出し切っている感じで、技術的余裕が感じられない。

109.小松紀子
BachはI-22。前奏曲は変化を付けようとしているが、やや表面的。フーガも同様。まだ完全に自分のものになっていない感じ。フレージングというかアゴーギクが曲の構造と合っていないようなところがあって、流れがとぎれるというか、先が読めないというか、見通しが悪い感じがする。ChopinはOp.10-4。細かい動きがクリアでなく、モヤモヤする。リズムもちょっと不正確(寸づまりな感じ)で全体的にいまひとつ。Lisztは夕べの調べ。最初の方のアルペジオがやたらぎこちない。和音もあまり美しく響かない(打鍵に余裕がない)。テンポもスローというかもたついて感じで、クライマックスのところではもっと畳み掛ける感じが欲しい。中間部での歌も非音楽的。はっきり言ってこの曲は彼女向きではなさそうだ。最後にDebussyの「ピアノのために」からトッカータ。実はあまり聞き込んだ曲でないのではっきり言えないが、細かな急速音型がいまひとつクリアでない感じだ。

120.井上麻紀
BachはII-23。前奏曲はやけにゆっくりして、しかも不安定でぎこちない。左手がヘンに目立つ。フーガは前奏曲よりは落ち着いてきた。ChopinはOp.10-4。最後にちょっとミスしたがまあまあ。少なくとも前の小松さんよりは良い。続いてLisztの超絶10番。これもまずまず。完成度が高い。細部が丁寧で、うまくまとめた感じ。最後はまたDebussyの「ピアノのために」のサラバンドとトッカータ。これも前の人と比べて悪いが、ずっとよい。生き生き、溌剌としていて細部も抜かりない。全体的に彼女も「うまくまとめた」系に入るだろう。

121.太田有香
ノースリーブでレースのフリルのついた黒のワンピースで登場(一瞬、流行りの下着ファッションかと思ってしまった)。見た目はまだ若そうである。BachはI-18。前奏曲は素直というか小細工なしだがタッチは安定しており悪くない。フーガもすっきりして過度に情緒的にならない。ただ暗譜が不安というわけでもないだろうが、何か自信なさげで聞いていて一抹の不安を感じさせる(単に印象で確固たる根拠はないけど)。ChopinのOp.10-4はミスもあったが水準には達している。Lisztの超絶10番は交替和音がクリアでなく、ちょっと乱暴。右手のオクターヴがやや鍵盤を叩き気味なのも気になる。好意的にみれば丁寧さより流れを大切にした演奏と言えるかも。最後はまたまたRavelのスカルボ。これも普通の出来で可もなく不可もなくといったところ(実はあまりにスカルボが多すぎて集中力をやや欠いてしっかり聞いていなかった)。

123.松井ひかる
BachはII-19。前奏曲はストレートで小細工なし。(同じ曲を弾いた)昨日の岸本さんの手練手管とは対照的だ。フーガは危ないところがあって少し案定感に欠ける。次のChopinのOp.10-5はやや硬いというか、もう少し流麗さが欲しい感じ。よく言えば楷書的だが。Lisztのパガニーニ練習曲の第2番変ホ長調はどうも技術的に苦しいというか、余裕が感じられない。それほどの難曲とも思えないので、技術的限界が見えてしまったという感じだ。最後はやっぱりRavelのスカルボだが、これも予想通りあまりよくない。(音コンでの)水準には達していない感じである。(昔は夜のガスバールはたいてい3次以降で弾かれていたので、そのレベルの演奏に慣れているせいかも。)

125.永嶋裕子
BachはI-22。前奏曲は速めのテンポで淡々としているが、自然かつ響きが豊かで悪くない。フーガはくぐもった音だがやや素っ気ないというか機械的な感じがして、音楽を感じていないのでは?と思わせる。また途中でテンポが走りそうになった。次のChopin Op.10-4はややテンポが揺れる。ちょっと雑な印象。次はDebussyのエチュードから5本の指のためと、組み合わされたアルペジオのため。5本指の方はややもたつくところがあって、もう少しリズム的にキビキビしてほしい気がする。最後はまたしてもLisztの超絶10番。(それにしてもこの曲は3人に1人が選んでいる。私も別に嫌いな曲ではないのだが、みんなそんなにこの曲が好きなのか一度聞いてみたいところだ。)例の左右交替和音の分離がよくない。それ以外はまあまあだが、やや落ち着きがないというかあわてた感じになっている。

126.高田匡隆
本日最後の演奏者。BachはI-4。前奏曲は(今日素晴しい演奏をした松本君と比べると)やや素朴というか単純というか、表面的であまり心に染み込んでこない。フーガも同様。松本君と比べると大ざっぱな感じがする。ChopinのOp.10-2は健闘しているが、タッチの均質性というか粒の揃い方に(個人的には)満足がいかない。次はまたしても(今日最後の)Lisztの超絶10番だが、これはなかなかよい。男性的と言うか、豪快というか、あまり神経質にならないところがいい。技巧のキレもある。彼はこういう豪快系の曲の方があっている感じがする。最後は、これもまたしてもスカルボ。(今日だけでも6人目、昨日と合わせると10人目。例年だとRavelはスカルボと道化師とクープランのトッカータが均衡しているのだが、今年はなぜかスカルボがダントツである。)しかしこれもよい。技巧がしっかりしていて、余裕というかポテンシャルを感じる。また(鋼鉄のタッチとまでは言わないが)タッチが強くて音に芯・輝きのあるのがいい。この2日間で聞いたスカルボの中では一番よかった。今後に期待が持てそうである。(彼も弾いたあと満足そうに去っていった。)

***

2次の2日目は1日目と比べるといい悪いの差が結構大きかったと思う。良かったのは松本和将君、高田匡隆君、鈴木慎崇君。この3人はまた聴いてみたいと思った。あとは無難にまとめた井上麻紀さん、渚智佳さん、スタティックな魅力の水谷寛子さんがまずまずと言ったところ。

2次は3日間あるのだが、3日目は聴けなかった。 そして3次予選進出者は以下の10名。

 平山有香    松本和将
 青木麻里子   高田匡隆
 岡部佐惠子   今井彩子
 山崎早登美   川村文男
 鈴木慎崇    藤井快哉

うーむ、岸本雅美さんがまたまた落ちてしまった。今回は落ちた理由がまったく思い当たらないわけでもないが、それにしてもちょっと不運な気がする。それに比べると2日めの演奏者はまあ順当なところ。3日めは聴いてないので何とも言えないが、溌剌とした技巧の冴えを見せていた安部可菜子さんが落ちたのは残念(またあの不敵な笑みが見られると思ったのだが…)。

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