9/13に行われた第68回日本音楽コンクールのピアノ部門2次予選の1日目の感想です。

2次予選の課題曲は以下の(a)(b)(c)を15-20分にまとめて演奏するもの。

(a) J.S.Bachの作品から任意の曲(複数曲可、抜粋不可)
(b) ChopinのエチュードOp.10またはOp.25から1曲
(c) Lisztのエチュード1曲(「夕べの調べ」を除く)

今年はBachが任意の曲となったのがいつもと少し違うところ。その分、近代曲(のエチュード)がなくなった。

ちなみに1次予選の課題曲はブラームスの小品集またはシューマンの幻想小曲集から何曲か。かなり渋めだ。私は聴きに行かなかった。

以下、例によって2次予選1日目の全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

5.智内 威雄
最初はBachの平均律II-14。前奏曲はちょっと大味。アーティキュレーションなどの変化が少ない。もう少し考えた方がいいのではと思う。フーガも棒弾きに近い感じ。タッチにキレを欠き、トリルも甘い。(常に経過部でソフトペダルを踏むとか)変化のつけ方がおざなり。Bachが本当に好きならもっと工夫できるはず。 次はChopinのOp.10-10。最初の音に大きくタメを作る(こういうのはあまり好きではないが)。技術的にはまあ普通。クライマックスの部分もまずまず音がはっきり出ていた。これもやっぱり工夫が欲しいところだが。 最後はLisztの超絶第10番。冒頭音型はもう少しクリアさがほしい。多少ミスはあるが水準には達している。最後の部分(Stretta)はちょっと雑。全体としてはBachの印象が悪い。

6.小野澤 宏美
Bachは平均律I-13。装飾音が均等音符割したようで生真面目というかセンスがイマイチ。幼い印象。フーガもやや機械的。もう少しタッチに微妙にコントロールがあればよいのだが。 次はChopinはOp.10-4。最初の方で少しミス。よく練習してあるが、それだけに限界が見えてしまう。ちょっと一本調子で、力を抜くようなところがあってもいい(そこまでする余裕はなさそうだが)。 最後はLisztのマゼッパ。実力以上の曲とまでは言わないが、弾くのが精一杯という感じ。途中の緩徐部分はかなりゆったりしたテンポで、丁寧に弾こうという意識の現れか。敢闘賞というところ。Lisztの爽快感からはほど遠い。

10.黒岩 悠
彼は'96年にも出ていた、茶髪、ロン毛の今どきの高校生風で「人は見かけによらない」と思った子である。今回は茶髪にも一段と磨きがかかった(?)ようである。あれから3年、どのくらい成長したかちょっと楽しみ。 最初はBachのトッカータBWV911。神経質なところがないが、逆に言うともう少しタッチに気をつかってもいいかな。細部がちょっと怪しくなる(モヤモヤする)ところがあって、もう少し安定感も欲しい。アクセントやデュナーミクなど、曲のツボは押さえている。後はやはり技術的安定性か。 次はChopinのOp.25-11(木枯らし)。最初の単音で弾くテーマで、最後の音の前に少し間を入れてじらす。右手の細かい動きにもう少しクリアさあればよいが、まあまあ。さらに技術的な強靭さがあればいいのだが。 最後はLisztの野性の狩り(超絶第8番)。間のとり方、アゴーギクなどツボを押さえている。迫力もまずまず。終盤の難所のオクターヴ跳躍もOK。全体的にはLisztがよかった。これまでの3人の中では一番だろう(前の2人がイマイチ過ぎたか)。が、3年の年月からいうと、思ったほどは成長していないと思わないでもない。

14.早坂 路子
最初はChopinのOp.10-1。これはまずまず。左手がなかなかよい。右手も機械的になりすぎていない。安定感がある。 次はBachのパルティータ第5番。出だしの1フレーズを聴いたところで、これはやるなと思わせる。タッチが安定している。かなりの実力者とみた(Bachはこうでないと)。 次のアルマンドも装飾音にセンスがある。安心して聴けて気持ちがよい。クーラントも躍動感がある。ここまで聴いて(これまでの他の人の出来からして)3次進出は間違いないと思わせる。サラバンドもしっとりとして左手も生きている。完成度が高い。メヌエットでもデュナーミクをよく考えている。こちらがこうして欲しいと思うところは全て押さえている感じ。最後のジーグは前半に一瞬危ないところがあったが後半の難所(トリル頻出)もまずまずクリア(ここはまだ向上の余地があるが)。 最後はLisztの超絶第10番(ヘ短調)。冒頭音型はまずまず。全体に丁寧で、スケール感はないがうまくまとめている(多少ミスはあるが)。 全体的にはBachが素晴らしかった。

後で調べてみると実は彼女は去年も出ていたのだが、1次落ちていた(私も聴いていたが、覚えておらず、メモを見てもイマイチの出来であったようである)。いつもながら1年で変わるものだなぁと思う(あるいは前回は調子が悪かったのか)。

15.ホラーク・ミハル
彼も去年出ていて、そのときは1曲目の出だしを聴いて、後を聴く気がしなくなったほどの出来だったのだが、今回どれだけ成長しただろうか。 最初はBachの平均律II-5。プレリュードは元気で推進力がある。メリハリもあり、タッチの安定感を欠くこともなくなった(成長したな)。フーガは主題を強調するあまり叩き過ぎる感じはあるものの、まずまず。タッチに明晰さを欠くところもややあるが。 次はLisztの超絶第10番。冒頭音型は安全運転。細部がちょっと雑な印象で、ミスがやや多い。最後のStrettaは怪しくて、うまく弾けていない。 最後はChopinのOp.25-10。流れはよいが、ちょっと怪しいところもあった。 全体的には確実に去年より成長している。が、次に進めるほどかというと、何とも言えない。

16.笹部 聡子
まずはBachのパルティータ第5番。最初のプレアンブルムは悪くはないが、早坂さんほどの安定感、クリアさはない。ちょっと重い感じ。アルマンドは左手が右手ほど歌っていない。やや機械的というか無表情。クーラントはその機械的なところが曲想と合ってなかなかよい。サラバンドはやっぱり表情の付け方がどこか機械的。メヌエットはテンポが速くキビキビしていて悪くない。左手の強調のしかたがもうひとつか。ジーグは後半のトリルのところで音がダンゴ気味。ただメカニックはまずまず安定。もう少し繊細さがあってもいいかな。 次はChopinのOp.10-8。やや遅めのテンポだが技術的には安定感がある。左手も、歌うというところまではいってないが一応神経が行っている。 最後はLisztのまたまた超絶第10番(今日は12人中7人が選んでいる。いつものことながら)。冒頭は安全運転でまずまずクリア。全体的に歌い方がやや疑問というか違和感がある。偏見かもしれないが、ちょっと機械的に弾いている感じ。右手のオクターブで弾く旋律など、どうも音楽的に聞こえない感じがある。技術的には水準以上だが。

17.多川 響子
最初はBachのパルティータ第1番。プレリュードはまあまあ。アルマンドは(装飾音が多少甘くなるところがあるが)左手がなかなかよい。クーラントもキビキビしていてまずまず。左手もおざなりになっていない。サラバンドも結構歌っている。メヌエットも悪くないが、アーティキュレーションが私の好みとちょっと違うか。ジーグもまずまず。優しい感じ。全体的に左手まで神経が行っているのがよい。 次のChopinのOp.10-5もよい。無茶なテンポはとらず、メリハリがあって右手も安定。左手はもう少し出してもよいと思うが。終盤ちらっとミスったけど大勢に影響ないだろう。最後のオクターヴ降下はかなりタメを作る(これは私の趣味と違う)。 最後はLisztの超絶第10番。一言で言って、彼女はLiszt向きではない感じ。前の人と同様、何かノッていない。Strettaの部分もいまひとつ。この曲を選ぶ人が多いが、あまり女性向きではないと思う。もっと別に良い曲があると思うのだが…。 全体的に、BachとChopinはよかったが、Lisztで印象を悪くした感じがある。

18.大堀 晴津子
最初はBachのパルティータ第2番。シンフォニアの序奏部(Adagio)はタメが少なくてやや素っ気ない(時間を気にしているかのよう)。Andante部はちょっと機械的だが、こういうのもいいかも。Allegroになってからはもう少し安定性が欲しい(ちょっとクリアでないところがある)。アルマンドからロンドまでもやや素っ気ない。もう少し工夫があってもよいところ。ロンドは指回りは安定しているが、なにか弾き急いでいる感じがある。終曲(カプリッチョ)はちょっと雑。 次はChopinのOp.10-5。ちょっとペダルを踏み過ぎというか、もう少し左手の和音の音ギレをよくした方がよい。前の多川さんの演奏の方が好きである。 最後はLisztの超絶第8番(野性の狩り)。和音の輝きに乏しい。主部はかなりゆったりしたテンポだが技術的な余裕が少ない。後半はミスも目立つ(オクターヴ跳躍は何とかクリア)。 全体的にいまひとつの印象(特にLiszt)。

20.橋場 文香
Bachは平均律II-5。前奏曲は歯切れがよい。アーティキュレーションに気をつけているが(多少音ヌケのミスがあるなど)少し安定感を欠く。左手もおざなりではないが、(繰り返しの2回目などは)もう少し浮き立たせたりしたいところ。(今回に限らず一般にBachの繰り返しでの変化が少なすぎると思う。ここは各人の創意工夫のしどころなのに。)フーガはしっとりしている。主題の入りの歌い出しでタメを作って響かせている。後半のストレッタの頻出するところはちょっとあっさりしているのでデュナーミクなどでもう少し盛り上げた方がいいかな。 次はChopinのOp.10-4。これは普通というか可もなく不可もなくといったところ。16分音符の動きにもう少しクリアさがあってもいい。 最後はLisztの超絶第10番。冒頭で(左右交替和音をクリアに出そうとするあまり)大きなタメを作る(今回はそういう人が多い感じ)。中間部(左手が分散和音で何度も駆け上ってくるところ)でテンポが少し落ちるので、暗譜が危うくなったのかと一瞬不安にさせる(実際、ここで忘れる人が多い)。Strettaの部分もイマイチ。彼女も全体的にLisztが今ひとつであった。

22.松井 ひかる
最初のBachはパルティータ第1番。プレリュードは左手がちょっと大人しい。アルマンドはスタカート気味のタッチがよいが、最初の方はちょっと安定していなかった。後半はまずまず。クーラントも意欲的なアーティキュレーション。これでもっと安定感があればよい。サラバンドはかなりペダルを使って歌う。前曲と変化があって悪くない。歌い方になかなかセンスがある。ソフトペダルを使うなどして音色に変化をつければもっとよくなりそう。メヌエットは左手をもっと強調しても(歌っても)いいと思う。強弱をつけていて機械的にはなっていない。最後のジーグは左手で弾くメロディーがちょっと強すぎる感じで、もう少し優しく軽やかに弾くのが私の好み。全体的には(同じ曲を弾いた)多川さんよりよさそうである。 次はChopinのOp.10-10。これはちょっと苦しい。クリアさが足りないというか、1音1音がしっかり出ていない感じ。正直言ってイマイチの出来である。 最後はLisztのパガニーニ練習曲第2番(変ホ長調)。序奏の細かく降りてくるところ(Cadenza ad lib)がちょっとクリアでない。主部(Andante)になってからはまずまず。技巧に余裕があるという感じではないが、うまくまとめた。全体的に、BachはよかったがChopinの印象がよくない。

実は彼女は去年も出ていて、私も聴いているはずなんだけど、覚えていなかった(後で調べてわかった。いつもながら記憶力が悪いなぁ)。それによると去年はかなりよくなかったみたいだけど、今年はそんなに悪くない。

24.森住 昭子
最初はBachの平均律I-14。プレリュードの出だしでいきなり指がもつれて最初から弾き直した(かなり印象を悪くした。すかさず審査員が一斉にメモする音が…。怖いなぁ)。ストレートで工夫もなく、安定感に欠ける。フーガは淡々と弾き進め、それほど悪くない。 ChopinはOp.25-11。序奏がかなりゆっくり。最初の方で高音部でミス(なにか肝心なところでミスする)。全体に技巧的に苦しい。一本調子で音楽的なところが感じられない。 Lisztは超絶第10番。冒頭音型がモッサリしていてちゃんと音が出ていない。前の曲がイマイチなこと(と、この曲を聴き過ぎたこと)で、申し訳ないが途中からは聴く方も集中力が落ちてきた。終わったときはご苦労様という感じ。

27.渚 智佳
彼女はこれまで何度か3次まで進んでいて、常連と言ってもいいかも。 最初はBachのトッカータBWV914。序奏は全体的にゆったりしていたが、もっと自由にアゴーギクをつけてもよいかな。次の2重フーガの部分は弱音主体で感じが出ている。次の間奏風の部分も(私の趣味では)もう少し迫力、スピード感があってもいいと思うが…。淡々と落ち着き過ぎている。もっと切迫感が欲しい。最後のフーガはテンポ設定がよい。安定感もある。さすがに何度か3次まで進んだだけのことはある。 次のChopinのOp.25-11もまずまず。もう少し細かい強弱変化があった方がよさそう。中間部はちょっとぎこちない感じもする。 最後はLisztの超絶第10番。冒頭はかなり丁寧。途中に出てくる交替和音も分離がよい。相当よく練習してある感じで、ミスがほとんどない。完成度が高い(その分、上限を示しているとも言えるが…意地が悪い見方)。全体的に常連だけあってソツなくまとめている。

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2次の1日目を聴いて、特に飛び抜けている人はいなかったが、よかったと思ったのは早坂さん。特にBachがよい。あとはLisztがよかった黒岩君、Bachがよかった松井さん、ソツなくまとめた渚さんあたりかな。

曲に関しては、Bachがこれまでのように平均律だけでなく任意の曲になったのは、パルティータとかトッカータとかいろいろ聴けてなかなかよいと思った。

Lisztは今回も超絶第10番がダントツ人気だったが、この選曲はどうも疑問が残る。 特に女性にとっては、このようなある程度のスケールの大きさを要求される曲で自分の限界をさらけ出すよりも、他にも(2つの演奏会用エチュードや3つの演奏会用エチュードとか)曲はたくさんあるのだから、多少難度が落ちても完成度の高い演奏を目指した方がよいのではないだろうか(特に第10番に自信があるのでなければ)。 今回のような演奏では、国際コンクールだったらまず通らないのないのではないかな(はじめからそんなところ狙ってないってか?)。

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