9/14に行われた第68回日本音楽コンクールのピアノ部門2次予選の2日目の感想です。

以下、全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

30. 川嶋美紀
最初はBachのパルティータ第2番。シンフォニアの序奏はストレートな表現。(個人的には)もう少し微妙な陰影が欲しい。タッチの安定性も欲しい。Allegro部は左手がよく出ているが、ところでころでテンポが走って怪しくなる。と思っていたら後半で指がもつれそうになるミス。あやうく止まりそうになる(これは心証が悪い)。アルマンドも一本調子で棒弾きに近い。クーラントも細部がかなり怪しい。部分的にテンポが走ってゴニョゴニョと曖昧になってしまう(不安の現れか)。ここまで聴いて、だいぶ印象が悪くなってきた。ロンドもストレートでやっぱり指がもつれそうになる。最後のジーグも同様。ボロボロ寸前で何とかゴールした感じ。 次はChopinのOp.10-11。最初の音に大きくタメを作る。水準的にはあまり高くないと思うが、Bachから比べればそれほど悪くない(Bachが悪すぎた?)。 最後のLisztはパガニーニ練習曲第2番。主部の32 or 64分音符の音が(pにしては)ちょっと大き過ぎる感じ。両手交替で弾くようになるとクリアさが欠けてくる。中間部でもミスがある。
全体的に、よくない。もうBachで決まりという感じ。

31. 兼古隆貴
彼は去年も出ていて、そのときはキーシン風のヘアスタイルだと思ったが、今回は髪はバクハツしていない。 最初はBachの半音階的幻想曲とフーガ。幻想曲でのタッチ(粒の揃い)はまずまず安定(まだ向上の余地はあるだろうが)。全体的に速めのテンポで、中間部もあまり思い入れがない感じ。多少素っ気ないと思う人もいるかもしれないが、こういうのも悪くない。終盤の高速な動きのところでは、もう少しテンポを落としてでも、もっと完璧なまでに粒をきれいに揃えた方がよいと思う。ちょっと雑に聞こえる。フーガは音色などがちょっと一本調子だが、指回りはまずまず(2、3箇所危なかったが)。アゴーギクなどもう少し微妙な変化が欲しいが。 次はChopinのOp.25-11。これはまあまあ。スピード感があり、左手も安定。再現部の前のところでは左手をもっと強調した方がよいと思うが、全体として(音コンの)水準以上だと思う。 最後はLisztの超絶の「英雄」。メカニック的には悪くない。力強さもある。欲を言えば、クライマックスのダブルオクターヴでもう少しスピードがあればよいが。あとアゴーギクの変化があまりなくて、ちょっと機械的に聞こえる。
全体的にはメカニックがまずまずである。

35. 加野瑞夏
最初はBachの平均律II-5。プレリュードは清潔感がある。タッチも安定して悪くない。左手も生き生きしている。これからの演奏に期待を持たせる。フーガは遅めのテンポ。主題がよく響く。タッチがよくコントロールされている。さらに音色の変化があればもっとよい。これまでこの曲を弾いた3人の中では一番だろう。 次はChopinのOp.25-11。これも上手い(特に右手)。音がキラめいている。まだ若そうであるが、かなりの実力者という感じ。模範的(優等生的)である。 最後はLisztの超絶の「雪嵐」。スケールは大きくないが、丁寧でうまくまとめている(多少ミスはあるが)。表現のツボは押さえていて十分音楽的。
全体的にバランスがよい。3次にはまず残るだろう。

36. 山口博明
彼は'96年にも出ていて、2次を聴いたときは本選に一番近いところにいると思ったが、残念ながら3次が乱調で落ちてしまった。今回は果たして雪辱なるか。出てきたところ見ると、眼鏡をかけて、少し顔が太った感じがする(ちょっと秋元康風…失礼!)。 最初はBachの平均律I-8。プレリュードは美しい。最初の数小節を聴いただけでわかる。音色や強弱、アゴーギクに変化があって、さすがと思わせる。大人の演奏、聴かせる演奏である。(やっぱりあのときの山口君という感じ。)フーガも上手い。思わず聴き惚れる。力の入れ方、抜き方、よくわかっているという感じ。次のChopinのOp.10-5もよい。特に左手が生きている。音楽的というのはこういうのは言うんだな。再現のところでちょっとしたミスはあったが。 最後はLisztの超絶第10番。スピード感がある。ミス(少し多め?)はあるが流れがよく、畳み掛ける。アゴーギクがよく、速めのテンポなのに素っ気なく聞こえない。流れを大切にするあまり最後のStrettaではもう少しクリアさが足りなかったが。
全体的に、やっぱり今回もこれまでで一番本選に近いところにいるという感じ。3次進出は間違いないだろう。

38. 山本亜希子
最初はBachの平均律II-14。プレリュードはしっとりとして悪くない。ただ左手をもっと出して欲しい。フーガは遅めのテンポ。トリルが低速均等音符割的(グールドの例もあって必ずしも悪いとは思わないが)で表情の付け方もちょっと機械的。それを狙っているのかもしれないが。途中、一瞬ヒヤリとする場面があった。 ChopinはOp.10-8。右手がまことに安定して粒が揃っている。その分左手は表情の付け方、歌い方がもうひとつか(特に中間部やコーダ)。 Lisztは超絶第10番。冒頭音型など、細部のクリアさがもうひとつ。全体的にもいまひとつ決め手に欠ける。

43. 中島彩
最初はBachの平均律I-24。プレリュードは(顔に似て)若いというか幼い感じの弾き方。ストレートである(曲がいいからこういうのも悪くないか)。左手の表情の付け方(デュナーミク)がちょっとわざとらしい感じもする。その左手のアーティキュレーションが終始同じ(ノンレガート)で、多少は変化をつければよいのにと思う。フーガは主題がやや不自然なデュナーミク。プレリュードと同じで淡々としている。それでも後半は結構表情を付けるようになってきたが、自分で考えたというより、先生か誰かに言われてそうしている感じもする(偏見かな)。まあ曲がいいからどのように弾いてもそんなに悪くないのだが。 次はChopinのOp.25-3。心なしか(前曲に比べて)生き生きしている(こういう曲の方が合っているのかな)。後半ちょっとミスったがそんなに悪くない。 最後はLisztの超絶第10番。冒頭音型はもうひとつ。Strettaも怪しい。全体的にもいまひとつか。

52. 白鳥佳
最初はBachのトッカータBWV.911。Adagio部分は素っ気ない。棒弾きに近い雰囲気。もっと変化が欲しい。フーガは何箇所か指がもつれるミス(心証悪し)。ストレート一本槍で、経過部もへったくれもないという感じ。でも指回りが安定していないのが一番気になる。ちょっとつらい。 次はChopinのOp.10-5。これは得意曲か。溌剌としている。勢いで攻める感じもあるが、悪くない。左手もまずまず。 最後はLisztのパガニーニ練習曲第6番。第1変奏はちょっと雑。第2変奏も少し指が転ぶ。第3変奏は勢いがあって悪くない。第4変奏は音が強すぎる。もっと軽やかにしたい。第6変奏は少しミス。ちょっとうるさい感じ。第7変奏は多少指がもつれる。第8変奏のような豪快系の曲は悪くない。第9変奏もかなり速いテンポでなかなかよい(やっぱりもっと軽さが欲しいが)。第10変奏はもう少しデリカシーがあってもよい。最終変奏は良い。迫力があって豪快。この変奏の出来がずっと保たれていれば…という感じ。

54. 田村篤志
彼は'96、'97年にも出ていて、1年の間で見違えるようなパガニーニ変奏曲を聴かせてくれた(去年は1次で落ちてしまったようだが)。出てくるときやイスを調節する動きが直線的で面白い。 最初はBachの平均律I-4。プレリュードは少しコクが足りない。フーガは声部の弾き分けがよくできていて、盛り上げ方もまずまず。さらに陰影というか音色の変化があるとよい。 次はChopinのOp.25-11。左手が少し機械的な感じ。やや強引で、力で攻め過ぎ。抜くところがあった方がよい。 最後は超絶第10番。冒頭の交替和音の分離がなかなかよい。さすがにコクよりキレの田村君である。メカニックが優れている。豪快。3曲の中ではやっぱりLisztが一番彼向きである。

55. 仁上亜希子
彼女も去年出ていて2次で聴いているのだが、例によってよく覚えていない(^^;)。 最初はBachのトッカータBWV911。Adagioの部分は白鳥君より表情が付いている。内声を強調したり、なかなか音楽的。フーガ部分は遅めのテンポで1音1音アクセントをつけている(あまり私の好みではないが)。ちょっと硬い(機械的)な感じもして、もう少し躍動感があってもよい。指回りにちょっと安定感を欠く(怪しく聞こえる)感じもある(グールドの演奏を聴き慣れているせいかも)。 次はChopinのOp.10-8。やや遅めのテンポで少し重い。もう少し愉悦的というか浮き浮きした感じがあってもよいかな。でも技巧的には安定している。コーダは左手をもっと出して(歌って)欲しい。 最後はLisztの鬼火。出だしの半音階上昇はおそるおそるという感じだが何とかクリア。主部の右手重音は音抜けがあったりしてとても完璧とは言えないが、音コンならばまずまずというところか。(そういえば隣の方で審査員の野島稔氏が聴いていたが、どう思ったかな?)左手は生き生きしている。
全体的には、鬼火をそれなりに弾いたということで評価はできるだろう。

59. 仲村渠悠子
最初はBachのトッカータBWV916。最初の部分(Presto)はリズムがつかみにくいというか(アクセントをあまり置かないせい?)、フレーズの切れ目がわかりにくい感じがするが、これが普通なのかも(グールドの演奏を聴き慣れているので)。フーガ部分はまあまあ。指回りもそれなりに安定。左手も神経が行き届いている。 次のChopinのOp.25-5はいま一つ。細かい表情を付ける技術的な余裕がない感じ。中間部はテンポをかなり落とす(あまり好きでない)。途中で一瞬止まりそうになるミス。 最後はLisztの「野性の狩り」。これも技術的にちょっとつらい。弾くのが精一杯という感じ。終盤のオクターヴ跳躍もうまくいかなかった。
全体的に後の曲になるほどよくない感じ。

67. 河本理沙
最初はBachの平均律II-17。プレリュードは顔に似て(ちょっと外見に影響され過ぎかな?)表現が幼い。こういう(同じようなパターンが繰り返す)曲ではストレートに弾くだけでは単調になりがち。もっと手練手管がほしいところ。フーガは弱音主体で、アーティキュレーションも工夫があって悪くない(ちょっと人工的だが)。この調子で自然さが出るように完成度を高めていって欲しい。 次はLisztのマゼッパ。主題の左右交替フレーズでちょっとモヤモヤするところがあるが、音は力強い(轟音と呼ぶにふさわしい)。スピードもまずまずだが、高音部で叩き付けるような音がするのはちょっと乱暴。緩徐部分の終盤で和音で一気に降りてくるところはちょっと怪しい。後半の2/4拍子はスピードが落ちてちょっと苦しい。その後の重音を含む右手のアルペジオも怪しい。全体的に若さ、勢いは買えるがそれだけでは…。 最後はChopinのOp.25-11。これもぎこちない。右手の細かい動きがちょっと怪しい。勢いはあるが、やはりイマイチ。

68. 野田由季
Bachはパルティータ第2番。シンフォニアのAndante部分はタッチがまずまず安定。Allegro部は意欲的なアーティキュレーションだが、その分安定さを欠いたかもしれない。スピードがやや遅めで、少し重い。アルマンドはやや淡泊だがまずまず。センスを感じる。クーラントもBachというかこの曲のツボを押さえている。サラバンドも淡々としているが悪くない。ロンドも左手が生きていて、こうでなくちゃと思わせる。最後のジーグではいきなり指がもつれるミスがあったが、これはご愛敬。もう少しスピード感があればよいが、これもシンフォニアのAllegro部と同様、少し重いというか動きが鈍い。と思っていたら、途中で止まってしまって弾き直す大ミス。これはちょっと痛いかも。それでもこれまでのこの曲の演奏では一番だろう(というか、これくらいはみんな弾いて欲しい)。 次はLisztの雪嵐。ゆったりしてテンポで優しい音色。スケール感はないがセンスがある。ミスが少し目立つのが残念。 最後はChopinのOp.10-1。これはなかなかよい。ミスは1箇所あったが完成度が高い。
全体的にBachでのミスの影響がどれくらいあるかだが、個人的には是非残って欲しい。

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2次の2日目を聴いて、1番良いと思ったのはやはり山口君。加野さんもなかなか。最後の野田さんも、Bachのミスで落ちるには惜しい人。あと兼古君、仁上さん、田村君あたりもまずまず。

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