9/15に行われた第68回日本音楽コンクールのピアノ部門2次予選の3日目の感想です。

以下、全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

70. 鳥山明日香
最初はBachの平均律II-9。プレリュードはペダルを多用してレガート主体で霞がかかった感じ。雰囲気は出ている。個人的には発音というかアーティキュレーションをもう少し明瞭にしてほしいが。繰り返しの2回目で変化をつけていたのは良し。フーガは声部の弾き分けなど、よく考えている。変化もつけていてまずまずの出来。 次はChopinのOp.25-10。ペダルの使い過ぎか、少しモゴモゴした感じ。アクセントをもう少しつけて欲しい。少しミスもあって、テクニック的にやや苦しさが見える。中間部の歌い方はセンスがある。 最後はLisztの超絶第10番。途中に何度か出てくる冒頭音型(左右交替和音)がイマイチだが、全体的にはそんなに悪くない。
全体的に、彼女は技巧で勝負するタイプではないが、大過なくまとめた感じである。

77. 小野憲明
最初はBachの平均律II-14。プレリュードは割と速めのテンポでストレートですっきり。神経質になり過ぎず、こういうのも悪くない。ただ左手はもう少し出してもよい。フーガは各声部の動きに表情が少なく、ちょっと平板に聞こえる。指回り、テンポは安定しているが。 次はChopinのOp.10-8。途中で指がもつれるミスがあって、(全体的には悪くないのだが)少し心証が悪い。 最後はLisztの「英雄」。テンポはかなり遅め。序奏のアーティキューレションがちょっと面白い。すごく几帳面というか生真面目な感じ。ミスも結構あったが、聴き慣れている英雄とはちょっと違う演奏だったので結構楽しめた。ただ演奏中に声を出すのが少し気になった。
全体的に良い意味でも悪い意味でも「若い」感じがする。

87. 菊地邦茂
最初はBachの平均律II-4。プレリュードはあまりテンポを揺らさない。各声部に神経が行き届いている。トリルのハマり具合が少し甘いが全体的には悪くない。フーガはこれも(前の人と同様)少し平板で重い(グールドの演奏を聴き慣れているせい?)。もうひとつというところ。 次はChopinのOp.25-11。右手の動きはいまひとつぎこちない。ミスもやや多め。 最後はLisztの野性の狩り。これもミスが多い(練習不足か?)。音の勢いはあるが、雑な印象。終盤の跳躍はだいたいOKだったが。
全体的にいまひとつであった。

88. 久住綾子
最初はLisztの雪嵐。全体的に少しぎこちない。技巧的余裕が足りない感じ。ミスもやや多い。せっかく(人と違って)最初にLisztを持ってくるなら、もっとオッと思わせるような演奏にしないと。逆に悪い印象を与えた感がある。 次はBachのトッカータBWV914。2重フーガの部分はよく考えている。声部の弾き分けがうまい。ちょっと硬いところはあるが。間奏部分もデュナーミク、アゴーギクなど、雰囲気が出ていてなかなかに悪くない。フーガも主題のデュナーミクに細かい表情を付けており、フーガを聴かせるツボというかコツを掴んでいる。少しミスがあったのが惜しい。 最後はChopinのOp.10-4。これは上手い。16分音符の動きが(機械的でなく表情が付いて)生き生きしている。彼女の得意曲かも。
彼女は演奏順序がどうだったか。LisztとBachを入れ替えるか、得意のChopinを最初に持っていった方がよかったのではと思う。

89. 鈴木慎崇
彼は去年も3次まで進んでいて、私も結構買っていた子である。 最初は去年と同じようにいきなりChopinのOp.25-10かと思ったら、今回は(大人しく?)Bachの平均律I-4から。ちょっとさびしい気がした(笑)。プレリュードはこれも(前の男性2人と同様)神経質でない。表情の付け方は大きい。フーガはゆったりめのテンポで、これも表情の付け方が大きい。ソフトペダルを使用して、変化を付けている。主題の入りをはっきり強調していて(入りがわかりにくい曲なので)なかなか良い。1箇所危ないところがあったが。 次はChopinのOp.25-10。これはまずまず。ただこれもアクセントをもっと付けてよいと思う。中間部は最初の鳥山さんに比べると淡泊な歌い方。内声を浮き出しているが、その歌い方はもう一つ自発的でない感じもする。 最後はLisztの英雄。最初の方、ちょっとミスが多い。アゴーギクであまりタメを作らないせいか、歌い方が少し素っ気ない。
全体的には悪くないと思うが、期待していたほどではなかったというのが正直なところか。

90. 宮木麻衣
最初はBachの半音階的幻想曲とフーガ。幻想曲の出だしは割と遅めのテンポで、1音1音丁寧に表情を付けている感じ。その後テンポを速めたところで指が転ぶミス(痛い!)。中間部はだいぶ感じが出ている。終盤の高速部分は安全運転だったが、気のせいか少し不安定。フーガはテンポ、アーティキュレーション、デュナーミクとも私の趣味にピッタリ合っていて、かなり好き。すっきりして、16分音符の動きが軽やか。が、途中で中ミスとも言えるミスがあった(惜しい!)。 次はChopinのOp.25-5。テンポが速い。その分(小ミスが多めで)ちょっと雑に聞こえて残念。中間部であまりテンポを落とさないのも私の好み。左手も歌っている。 最後はLisztの英雄。途中によく出てくる32や64分音符的動きが速い。高音でちょっと叩き気味になるところはあるが、音に張りがある。クライマックスのダブルオクターヴはちょっとルバートのしすぎかな。
全体的には(個人的には結構好きだったが)ミスが多かったので審査員のウケはよくないかも(というか、複数人の点数のみによる審査ではミスは命取りになりやすい)。

91. 鈴木華重子
最初はBachのトッカータBWV916。Presto部分は手慣れた感じで、これはやりそうだと思ったら、その後でミス。最後の方の反復進行をスタカート気味で弾いていたのはなかなか意欲的。もっと安定感があればさらによい。緩徐部分も丁寧で悪くない。フーガもアーティキュレーションなど意欲的でよく考えている。左手も神経が行き届いている。安定性を少し欠くのが惜しい。 次はChopinのOp.25-5。丁寧で、落ち着いたテンポだけあって前の宮木さんほどミスがない。中間部もテンポがあまり落ちず、左手も歌っている。 最後はLisztの超絶第10番。冒頭音型は終始いまひとつ。全体的にもイマイチで、彼女もLisztの選曲がよくないと思った。

94. 立川恭子
最初はBachの平均律II-3。プレリュードはストレートで、悪く言えば一本調子。せめて左手だけでももう少し表情をつけてもいいのではないかな。フーガはストレートに弾いても悪くない。メカニックは安定。 次はChopinのOp.10-11。彼女も最初の1音目でタメを作る(これが流行か?)。多少ミスはあるが感じは出ている。オーソドックスな演奏。 最後はLisztの超絶第9番「回想」。これもまずまず。これといった特長はないが、欠点も特にない。トリルやスケールが安定している。
彼女は難度のやや低い曲で固めて、減点(ケチをつけられるところ)を減らし、無難にまとめる作戦か?。コンクールでは結構いい方法かも知れない。でも決め手に欠けるのも確かで、やはり何か武器になる(他の人より優れた)曲を最低1つ入れて、残りは技術的に余裕を持って弾ける曲で固めるのが良い戦略かな。

95. 太田有香
彼女も去年に2次に出ていて聴いているはずだが、ほとんど覚えていない。 最初はBachのトッカータBWV914。最初のAdagio部分は音がよく響く(ここから午後の部で、席が変わってしまったのでそのせいかも)。2重フーガはよく考えているけど、ちょっとワザとらしいかな。間奏はソフペダルで音色を変え、間のとり方など緊張感がある。フーガは危険な箇所がいくつか(うち1回はあやうく止まりそう)あった。基本的には悪くないが、前の久住さんの方が好きである。 次はChopinのOp.10-4。16分音符にもう少しクリアさが欲しい。怪しくなるところもあった。やや一本調子のところもある(そういう曲だから仕方がない?)。 最後はLisztの雪嵐。最高音部(右手小指)のところでミスを連発。この曲をノーミスで弾くのはかなり難しいから多少のミスは許されるだろうが、彼女の場合はちょっと多すぎる。音的にはいいものを持っていると思うだが…。きっと調子が悪かったのだろう。

97. 津島啓一
彼も去年の2次で聴いているが、あまり強い印象は残っていない。 最初はBachのトッカータBWV912。楽天的な感じ。細かい動きはもう少しクリアにしたい。第1フーガは割と淡々としているが、押さえるべきところは押さえていて悪くない。次の間奏部も雰囲気が出ている。速い走句もまずまず。第2フーガもキビキビしていて悪くない。メカニックもまずまず安定。終盤は和音をもう少しすっきり響かせるともっとよいかな。 次はChopinのOp.10-1。最初の往復でいきなりちょっとミス。右手、左手とも向上の余地はあるがまずまず。 最後はLisztの野性の狩り。序奏の和音強打ではもう少し音ギレをよくした方がよさそう。少し乱暴か。終始力を入れっぱなしだけど、多少力を抜くところがあった方がかえってメリハリができていいのではないかな。

100. 橋野沙織
最初はBachの平均律I-13。プレリュードは優美で悪くない。1日目に弾いた人とはだいぶ違う。フーガも完成度が高い。特徴的によく出てくる16分音符の動機のアーティキュレーション(スタカート)がよい。もうあまり注文をつけるところがない。 続いてBachの幻想曲とフーガBWV904。あまり聴かない曲で、はっきりとは言えないがこちらも悪くない。聴かせる。フーガは当然というか各声部の弾き分けが上手い。経過部での変化もあるし、主題の入りも強調しているし、アーティキュレーションの変化もあるし、フーガのツボを押さえている。終盤、音が多くなったときにもっとすっきりと聞かせてくれればさらにいいかな。ここまでのBachを聴いて、かなりイケてる感じである(期待を持てる)。 次にLisztのパガニーニ練習曲第2番。主部で両手交替で降りてくるところがちょっと怪しい(2回目も)。中間部でも少しミスがある。最後の細かい動きのところも音抜けがあったりしてイマイチ。全体的にそんなに悪くないけど、Bachで期待したほどではなかった。 最後にChopinのOp.10-4。テンポが速い(得意曲か?)がミスも多かった。

108. 高田匡隆
去年、第3位だった技巧派の高田君である。入賞者再応募ということで2次からの出場。 最初はBachのパルティータ第3番。パルティータの中で一番地味な3番を選ぶとは(去年Szymanowskiのソナタを弾いた)高田君らしいかな。最初のファンタジアは、メカニックの良さを活かした速めのテンポでストレートな演奏。終始mfという感じ。アルマンドは一転、ソフトペダルで変化を出す。クーラントも歯切れがよい。テンポも速めで、指が回ってしかたがないという感じ(ちょっと機械的なところはワイセンベルクを思い出す)。ブルレスカは装飾音が上手く、見事にハマている。スケルツォもテンポが速い。アクセントも思いきり強くてよい。最後のジーグもやっぱり速いテンポ(速すぎてトリルがうまく入らないところもあったが)。とにかくメカニックが良くて、安心して聴ける。個人的にはこの曲はあまり好きではなかったが、スポーツ的な演奏で面白く聴けた。 次にLisztの鬼火。右手重音が完璧とは言えなかったが、昨日の仁上さんよりは上。音コンでは十分な出来だろう。コーダの左手の半音階上昇のところでちょっとミスもあったが、まずは技巧派の高田君の面目躍如といったところ。(それにしても去年のOp.10-2といい、彼はなかなか挑戦的な曲を選ぶ。山を征服するように、難曲を征服したいタイプかな。) 最後にChopinのOp.25-11。これはスピード、メカニックの強さとも相当なもの。思わず「すごい」とつぶやいてしまった。こんな木枯らしは音コンではめったに聴けないだろう(音楽が置き去られている感じもしないでもないが、このさい気にしない)。3次進出は間違いないだろう。

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2次の3日目はやはり高田君が1番印象に残った。あとは実力が均衡している感じで、特に誰がいいという感じではないが、強いて言えば久住さん、鈴木君、宮木さん、立川さん、橋野さんあたりがまずまずか。

で、結果は以下の10名が3次予選進出。

 黒岩悠    鈴木慎崇
 加野瑞夏   鈴木華重子
 山口博明   立川恭子
 白鳥佳    津島啓一
 久住綾子   高田匡隆

この結果を見て一番意外というか残念だったのは1日目の早坂さんが落ちたこと(1日目では一番いいかと思ったが…)。2日目の最後の野田さんが落ちたのも残念だが、これは(大きなミスがあったので)まあ仕方ないのか。山口君、加野さんが通ったのは一安心というところ(高田君は心配するには及ばない感じ)。 それにしても1日目は1人、2日目は3人、3日目は6人というのは、3日目の人にちょっと甘いかな、と思わないでもない。

久住さんが通ったところをみると、曲順はあまり関係なかったみたい(私が影響を受け易いのかな)。立川さんが通ったところをみると、あの選曲の作戦(?)はなかなかよかったのかも。 inserted by FC2 system