9/18に行われた第68回日本音楽コンクールのピアノ部門3次予選の感想です。

3次予選の課題曲は以下の(a)(b)(c)を25-30分にまとめて演奏するもの。

(a) Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Brahms, Lisztの作品から任意の曲(練習曲を除く)
(b) Faure, Debussy, Ravelの作品から任意の曲
(c) Scriabin, Shoenberg, Bartok, Stravinsky, Szymanowski, Webern, Berg, Prokofiev, Shostakovichの作品から任意の曲

以下、3次予選の全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

10.黒岩悠
2次と同じく黒いポロシャツというラフな格好で登場。最初はScriabinのソナタ第3番から第1楽章。この曲はそれほど聴き込んでいるわけではないのではっきり言えないが、全体的にイマイチ。音に透明感、クリアさが足りない感じ。磨き方も足りない。 次はDebussyの喜びの島。これも和音がボヤけた音になりがち。細かい走句のキレもいまひとつ。強弱変化などのメリハリも少ない。リズムもやや鈍い(飛び跳ねる感じがない)。間が少なく弾き急ぐ感じがある。 最後はLisztのダンテソナタ。出だしの音が叩きつけるようで少し乱暴。もっときれいに響かせてほしいところ。第1主題部分も音が何かモヤモヤしていて、もっとはっきり発音して欲しい。第2主題の終わりの方、内声を出そうとしているのだがタッチがうまくコントロールされておらずボコボコしている(逆効果だったかも)。ポイントの(と私が勝手に思っている)オクターブでの急速上昇はスピードがあってここはなかなかよい。全体的に音が混濁した感じで、もっと自分の出す音の響きに敏感になってほしい感じ。終盤のPrestoは安全運転テンポに落とさない心意気は買えるが、確実性はいまひとつ。最後の低音トレモロで途中でかなりクレッシェンドするのは自己主張かな。
全体的に注文だらけになってしまった…。

35.加野瑞夏
2次ではかなり印象の良かった加野さんである。 最初はChopinのバラード第4番。出だしから音色がちょっとストレート過ぎる感じ。個人的にはもっと優しい音にしたい。表情の付け方も本当に自分で感じているのか少し疑問。何かマニュアル的な感じがする。正直言ってここまで聴いてちょっとがっかり。2次はメカニック重視なので良いと思えたが、音楽的センスというか表現力がイマイチのような感じがする。全体的に音が硬い。技術的にも万全とは言えない。 次はRavelの道化師の朝の歌。これも何か教科書的。同音連打のキレもいまいち。中間部の歌い方もセンスがあまり感じられない。技巧のキレがいまひとつである。 最後はScriabinのソナタ第9番(黒ミサ)。もう少しメリハリがあった方が良いのではないかな。Allegroでのスピード感も(特に同音連打のモチーフのところで)欲しい。全体的に前の2曲ほどは悪くないと思うが(それほど聴き込んだ曲でないのでちょっと甘いかな)。

36.山口博明
私の期待する山口君である。 最初はDebussyの映像第1集から水の反映。音の出し方が違う。申し訳ないが、前の2人とは(こと音をコントロールする技術に関しては)レベルが違う感じである。手慣れた感じ、大人の雰囲気である。もう演奏活動をしているのではないかと思うほど余裕を感じる。 次はChopinの舟歌。これも優美。特に弱音がきれい。ただ力の抜き過ぎか、もう少し力を入れたり畳み掛けたりしてもいいと思うところもあるが(少しナヨっとしている)。クライマックスもあまり盛り上がらずに終わってしまった気がしないでもない。そういう点で少し不満が残る。ミスもややあった。全体的にメカニックをあまり前面に出さない(難所を鮮やかに弾き切るといった爽快感はない)ので、そこらへんが(技巧派好きの私には)ちょっと物足りないかな。 最後はSzymanowskiの12のエチュードOp.33。これは(一応CDでは持っているけど)あまり聴いたことがない(実演では初めて聴く)曲なので技術的なレベルがどうであるか何とも言えないが、音楽的に弾かれていることは確かな感じ。そんなに悪くない曲である。(実は最後の高田君も同じ曲を弾くので比較できるかな。)
全体的にこれまでの3人の中では1番だろう。今年は本選に行けそうだ。

52.白鳥佳
3次に進んだのは(個人的には)ちょっと意外だった白鳥君である。最初はRavelの水の戯れ。ストレートで明るい音。速めのテンポで細かいアゴーギクをあまり付けない。路線自体は悪くない。タッチにも細かい変化を付けないが、指回りは安定。全体的にそんなに悪くない感じ。 次はScriabinのソナタ第2番。これもすっきりして神経質にならないところがいい(この楽章はあまりピンと来ないのでそのせいもあるかも)。細部を磨く余地はありそうだが。第2楽章は速めのテンポで、右手の細かい動きもクリアで悪くない。左手も躍動感がある。 最後はChopinの幻想ポロネーズ。これもやっぱり速めのテンポですっきり。深刻にならない。センスがないのに遅いテンポでチンタラやられるよりはいい。途中の右手の3度重音のところが上手い(淀みがない)。下手に表情を付けないでサクサク先に進む。piu lentoの緩徐部分はさすがに(いかにも心が入っていない感じで)ちょっとつらいものがあるが、終盤の技巧的な部分なところに入るとノッてきて面白い。こういう幻想ポロネーズも悪くない。結構楽しめた。
全体的に2次より印象がいい。この素っ気なさを審査員がどう評価するかだが、本選に行ってもおかしくない。

88.久住綾子
2次では曲順について私が(ほとんど意味がなかった)注文をつけた久住さんである。 最初はRavelの鏡から洋上の子舟。リズムがちょっと平板な感じ。もう少しメリハリがあってもよいか。高音部の重音トレモロ(トリル)はもう少し丁寧に粒を揃えて鳴らしたいところ(出だしがかすれ気味)。 次はSzymanowskiのエチュードOp.4-3。これもあまり聴いたことのない曲。ゆったりしていて技巧的ではない。出来については何とも言えない。あまり面白い曲には思えなかった。 最後はLisztのスペイン狂詩曲。前半のゆったりした部分が少し重いか。打鍵も少しうるさい感じがある。音ギレをよくした方がいいかも。特に高音部でのfの和音が余裕を持って響かずペチャという感じになりやすい。長調Allegroになってからの3度のパッセージもところどころイマイチ。丁寧だが鮮やかな技巧という感じではない。クライマックス(Molto vivace)のところで途中にタメ(ルバート)を入れるのは考えもの。その後の同音連打パッセージ以降は技巧的に少し苦しい。全体的によく頑張ったという感じだが…。

89.鈴木慎崇
2次では多少私の期待を裏切った感のある鈴木君である。 最初はChopinのバラード第4番。リズムのキレがない。拍子が均等になっていて、ちょっとセンスに欠ける感じ。トリルも心許ない。ぶっきら棒に響く音もあって、自分の音をよく聴いているのか少し疑問。技術的にも怪しいところがあり、正直言って去年の方が印象が良かった。終盤は多少らしさをみせるが。 次はBartokのソナタ。これは力強い。打鍵が鋭く、Bartokらしさがあってなかなかよい。これでスピード感があればもっとよいが。これは彼向きの曲という感じ。ミスが多少あり、もう少し安定性があるとよいか。また強音はいいが、弱音に少し難という気もする。でも印象は持ち直した。 最後はFaureのノクターン第4番。去年もFaureを弾いていて、好きなのかな。心なしかrelaxしている。演奏も神経質にならずにすっきりと明るい。もう少しデリカシーがあるといいかなと思うところもあるが。去年弾いた第2番は中間部が結構技巧的だったけど、こんどの4番は終始穏やか。全体的にまあまあか。

91.鈴木華重子
白鳥君と同じく3次進出がやや意外だった鈴木さんである。 最初はChopinのバラード第4番。今日聴いた3人のバラ4の中では一番Chopinらしくなっている。音色の変化があり、間をうまくとっている。ペダルの使い方が上手い。タッチのコントロールが効いている。強いて言えば、急速な部分で(ちょっと弱いというかおとなしいので)もっとメリハリが欲しい。技術的に多少不満が残るものの、うまくまとめた感じ。 次はRavelの夜のガスパールからオンディーヌとスカルボ。オンディーヌは感じが出ている。冒頭に出てくる最高音部の音型はもう少しクリアにする余地がある。クライマックス前の右手が何度か重音で降りてくるところももう少し明瞭にしたいところ。全体的には悪くない。スカルボも細部をもっとクリアにしてほしいところはあるが、流れは悪くない。同音連打のテーマがうまく出てないところはちょっと気になったが。水準には達しているというか、最低限押さえるところは押さえている感じ。 最後はScriabinのエチュードOp.8-12。これも悪くない。適度な力強さがある。
全体的に(特に魅力があるわけではないが)無難にまとめている。どうも(私にとって)2次の印象が悪かった人が頑張っているみたいである。

94.立川恭子
2次では選曲の作戦(?)が成功した立川さんである(私の勝手な思い込み)。 最初はChopinのスケルツォ第4番。最初の右手の素早い16分音符の走句を失敗。でもその後は(ちょっと危ない感じもあるが)概ねOK。明るく屈託のない音色が前の鈴木さんと対照的(曲が曲だからかな)。何度も出てくる和音の急速上昇・下降もそんなに悪くないが、向上の余地はある(もっと歯切れよく)。中間部もすっきりした響きで悪くない。全体的に音がきれいなのはいいところ。 次はDebussyの映像第1集から水の反映と第2集から金色の魚。あまり聴き込んでいる曲ではないので甘いのかもしれないが、いずれも悪くないと思う。やはり音がきれいなのがいい。 最後はScriabinの幻想曲ロ短調。はっきり言ってこの曲は自分にはあまりピンとこないのと、昼食後でまぶたが重くなってきたこともあって出来については何とも言えない。もう少しスピード感があってもいいかな。
全体的に彼女も無難にまとめた感じがある。

97.津島啓一
最初はChopinのバラード第1番。まあまあというところ。音はよい。技巧的に特に魅せるというわけではないが、オーソドックスで真面目というか誠実。多少優等生的。 次はBergのソナタ。例によってこの曲は何度聴いても私には良さがよくわからないので何とも言えないが、メリハリは結構ある。 最後はRavelのスカルボ。打鍵の力強さ、スケール感は鈴木さんより上か(全体的にはそんなに変わらないけど)。やっぱり同音連打がもうひとつ(ピアノが悪い?)。
彼もうまくまとめた系である。

108.高田匡隆
2次で改めてメカニックの強さを見せつけた高田君である。 最初はChopinはスケルツォ第3番。最初のffのダブルオクターヴが速い。しかもキレがあって(わずかにミスがあるが)、これはやると思わせる(やることはわかっているんだけどね)。メリハリがあって音楽的。この1曲を聴いただけで、彼は本選に行けるなと思う。最後のストレッタの部分の左手が(あまりアクセントをつけず)おとなしめだったのが意外。 次はRavelの夜のスカルボからオンディーヌ。彼は去年の2次のスカルボがとても良かったと思うのに、それをあえて弾かずにオンディーヌを選ぶとは憎い(多分プログラムのメリハリのためだろう)。これも明瞭さがる。高音部の震えるような冒頭の音型がよく聞こえる。クライマックスの盛り上げ方がダイナミック。その前の重音での降下のところもさすがと思わせる。 最後はSzymanowskiの12のエチュードOp.33。山口君と同じ曲である(こんな珍しい曲を2人も弾くとは偶然とは言えおもしろい)。エチュード的な、メカニックが前面に出る曲ではさすがに高田君に分がある。メリハリがあるというか、ダイナミックレンジが広い。もちろんキレもある。かなり楽しめた。
3次まで聴いた限りでは、今年は高田君が優勝候補の筆頭だろう。

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3次を聴いて、1番印象に残ったのはやはり高田君。あとは結構拮抗していると思うが、個人的に通って欲しいのは山口君。白鳥君、鈴木慎崇君もまずまず。特に白鳥君は2次はイマイチだったが3次は結構楽しめた(Bachには向いていない?)。うまくまとめた鈴木華重子さん、立川さん、津島君も通ってもおかしくない。本選は多分5人だから難しいところだ。

で、結果は以下の4名が本選進出。

 加野瑞夏
 山口博明
 津島啓一
 高田匡隆

高田君は当然として、山口君が通って一安心。 加野さんが通ったのは(2次で結構買っていた私が言うのもなんだが)ちょっと意外。 あと少し意外だったのは通ったのが4人だったこと。普通、本選がリサイタル形式の年は5人なんだけど。5位以下の人の得点が基準に達しなかったということか。それとも5位が同点だったので4位までで打ち切ったのかな…よくわからん。

個人的には加野さんと白鳥君を入れ替えたら本選が「面白く」なったかも。 inserted by FC2 system