10/23に行われた第68回日本音楽コンクールのピアノ部門本選の感想です。

本選の課題曲は以下の(a)(b)(c)を40-50分にまとめて演奏するもの。

(a) Haydn, Mozartのソナタ(全楽章)または変奏曲から1曲
(b) Beethoven(Op.35以降の作品), Schubert, Chopin, Schumann, Liszt, Franck, Brahms, Mussorgsky, Rachmaninovの作品から20分程度以上の1曲
(c) 1946年以後の作品

場所は去年と同じく東京オペラシティ・コンサートホール(タケミツ・メモリアル)。 去年は開場後に着いてロクな席が残っていなかったので、今回は少し早めに行って並んだ。 行列の中では、やはりこのホールをあまりよく思っていない人が私以外にもいるようで、「芸劇に戻せ」などと話している声が聞こえた。同感である。

席は1階最前列、演奏者の右後方45度ぐらいところにとった。直接音主体の場所である。 以下、本選の全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。

1.津島啓一(桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコース休学中)
 Haydn:ソナタハ長調Hob.XVI-50
 三善晃:アン・ヴェール
 Schumann:交響的練習曲Op.13(遺作付き)
最初はHaydnのソナタ。第1楽章は全体的によく整っている。速めのテンポで、やや弾き急ぐ感じがなきにしもあらずだが、よく練習してある感じがする。16分音符の速い(6連符)走句でもう少し明晰さがあったもよいと思ったが、これは私がグールドを聴き慣れたせいだろう。ただし第2主題ではもう一工夫あってもよいかな。再現部での両手同時のトリルのところも向上の余地あり。第2楽章も中庸の美徳といった感じ。第3楽章はやや不満が残る。左手がやや引っ込んでいるので、もう少し出してもよいと思う。
次の三善晃のアン・ヴェールは(何度か聴いた曲だが)私にはよくわからない曲なのであまりコメントできない。音にもう少し透明感が欲しい気はした。
最後のSchumannはやはり速めのテンポで、すっきりしている。粘らないというか、あまりタメを作らない。繰り返しも省略していることもあって、サクサク先に進む。適度な力強さもあり、技術的にも安定。個々の曲にはもちろん不満なところはいくつかあるが、基本的に悪くない。遺作はEtude XI(フィナーレの前の変奏)の前にまとめて挿入しているが、(まとめて入れる場合は)入れる場所としてはまずまず適当なところではないかな。フィナーレもかなり速いテンポで、せわしないと感じる人がいてもおかしくないが、個人的には悪くない。内声を浮き出すなどの工夫や小細工のような面白さはないが、全体的に好感が持てる。3曲の中では1番よかった。

2.高田匡隆(桐朋学園大学4年)
 Haydn:ソナタニ長調Hob.XVI-42
 三善晃:アン・ヴェール
 Liszt:ソナタロ短調
最初はやはりHaydn。出だしから音が生きている。1音1音表情豊かで、どことなくオーラを感じる(貫祿か?)。メリハリ、音色の変化、コントラストがあって、機械的な感じはない。指回りはもちろん万全。第2楽章も16分音符の粒がよく揃っていて、しかも表情がある。このHaydnはちょっと文句をつけるところがない。これ以上は、面白くするための小細工を入れるぐらいしか残っていない感じだ(それも好みの問題だが)。あるいはグールドみたいに特異な解釈に走るか…。
次はやっぱり三善晃のアン・ヴェール。津島君よりダイナミックというかスケールが大きい。躍動感がある。何か同じ曲を弾いているとは思えない感じである。
最後はLisztのソナタ。冒頭の音をスタカートというよりテヌート気味に伸ばしている(なぜかこう弾く人が結構いるが、そういう版があるのかな?)。その後のAllegorからは打鍵の迫力、重量感、パワー、スピード、とにかくスケールがデカい。音コンのレベルを超えている感じだ。ただ第2楽章部分は突然盛り上がる感じで、もっと前からジワジワと盛り上げて、頂点で一気に解放する感じが欲しいと思った。頂点がややぼやけた感じがしないでもない。第3楽章部分のフーガは内声をもう少し出した方がよいかな。その後は怒涛の攻め。コーダの前あたりからの連続オクターヴのスピードと迫力は技巧派の高田君の面目躍如といったところ。全体的に、聴いていて疲れる演奏ではあるが、Lisztのソナタを弾いて聴き手を疲れさせないようではダメなのかも。

3.加野瑞夏(桐朋学園大学3年)
 Haydn:ソナタホ短調Hob.XVI-34
 Dutilleux:3つの前奏曲から第2番 同じ一つの和音により
 Liszt:ソナタロ短調
Haydnの第1楽章は、左手が重く、やや目立ちすぎの感じ(右手が少し弱いか)。緊張しているのか、最初の右手の速いパッセージで音が抜けてしまった。第2楽章はまずまず。だいぶ落ち着きを取り戻している。第3楽章は右手がやはり1音1音の強さ、明晰さの点でもうひとつか。悪くはないが。
次のDutilluexはやはり私にはよくわからない曲なのでコメント省略。
最後は彼女もLisztのソナタ。力強さがないわけではないが、高田君と比べてしまうとどうしても見劣りがしてしまう。メカニカルの点だけでなく、音に対する追求のしかたというか、厳しさというか、そういうものも物足りない。無造作に音を出しているように感じられるところもある。内声の歌わせ方ももうひとつセンスを感じない。展開部では左手オクーヴがやや弱い。その後では、やや大きなミスをしてしまった(暗譜が危うくなった)。第2楽章部分はまずまずだが、フーガの直前の冒頭再現部では間が少なく、やや弾き急ぐ感じがある。フーガはやはりもっと内声を強調した方がいいと思う。コーダの非力さも否めない。最後のAndanteやLentoももう少しじっくり弾いてもいいだろう。全体的に、高田君のようなバリバリの技巧とは別のところで勝負すべきなんだろうが、それがうまくいかなかった感じがある(あくまで正攻法で行ったのだろうが…。確かに2次の演奏を聴いたときは、メカニックは決して悪くないと思ったけど)。

4.山口博明(京都市立芸術大学大学院終了)
 Haydn:ソナタ変ホ長調Hob.XVI-52
 Schumann:ソナタ第1番嬰ヘ短調Op.11
 一柳慧:雲の表情VI 雲の瀑
Haydnは予想通り優しい音。響きに神経を使っている。表現に工夫もあって、これで強靭さもあればもっとよいが。細かい動きもレガート主体だが、個人的には歯切れのよい方が好きである(グールドの影響)。第2楽章はさすがに聴かせる。アーティキュレーション、音色、強弱、彼の音楽センスが遺憾なく発揮されている。第3楽章も、彼の音をコントロールする能力に改めて感心。特に弱音の精妙さは特筆に値する。相当に耳がよいのであろう(かつ自分の出したい音のイメージが明確なのだろう)。
次はSchumann。第1楽章の序奏はもう少し硬質というか、ヌケのよい音が欲しい気もする。主部でも(スケールで勝負するタイプではないことは十分承知しながらも)fでの和音にもう少し力強さが欲しい。アゴーゴクなどの表情の付け方は相変わらずセンスを感じる。第2楽章は彼の真骨頂。十分に歌われている。第3楽章はリズムが生きており、ツボを押さえている。Intermezzoでのリズム(タメの作り方)も理想的。終楽章も文句を付けるところがあまりない。あえて言えばやはり力強さか。フォルテでもう少し強く弾いてもいいと思うのだが、どこか力をセーブしている感じがある(響きを完全にコントロールしようとしているためか?)。あと手の交差のところで多少音抜けがあったが。
最後の一柳慧は多分初めて聴く曲だが、ビート感があって私向きの曲。演奏ももちろん悪くないが、曲想から言って、もう少し金属的、鋭利的にバーバリスティックに弾いてもよかったかも。ちょっと音がマイルド。またこの曲が何かおまけみたいになってしまった感じもある(それほどSchumannがよかったわけだが。実際Schumannの後で結構大きな拍手があった)。

***

以上で全演奏が終わったわけだが、やはり高田君と山口君がよかった。どちらもそれぞれいいところがあって、順位を付けるのは難しい。単純に言えば(月並な言い方だけど)技巧の高田君、音楽性の山口君という感じ。ただ3次の演奏を考慮に入れると、高田君の方が微妙に上かもしれない。あとは津島君、加野さんの順か。

で、実際の結果は以下の通り。

 第1位 高田匡隆
 第2位 山口博明
 第3位 津島啓一
 入賞  加野瑞夏

というわけで、まあ妥当なところだろう。
高田君はスケールの大きな技巧でこれからが楽しみ。 山口君は'96年の音コンでは(個人的にかなり買っていたのに)3次で失敗して落ちてしまい、これで終わってしまうには惜しい人だと思っていたが、今回(1位は逃したものの)見事に上位入賞し、私もうれしく思う。 inserted by FC2 system