J.S.バッハ/リスト 前奏曲とフーガ イ短調BWV543
- ラ・サール(naive<2004>)(3:09/5:39)◎-○ ジャケット→
全体的にしっとりとして温かみがあり、音色のコントロールも巧み。
神経が隅々まで行き届いていて、繊細という言葉がよく似合う。
アゴーギグに関しても、機械的にならずに微妙なタメが入って自然な情感が出ており、(年齢は関係ないとは言え)若いのによく練られている。
人によってはもう少しドラマチックであってもよいと思うかもしれないが、あくまで清楚で気品のある表現を目指しているのだろう。
バッハなのでそういうアプローチは悪くない。
フーガの最初の方(第35-37小節)の右手六度のパッサージがもうひとつ滑らかでないのが惜しい。
- J.トッコ(DHM<91>)(3:08/5:18)◎-○
技術的に非常に安定している。特にフーガは、確固たるテンポ、スピード感、明確なアーティキュレーション、各声部の分離などどれもぬかりがなく、聴いていて爽快感がある。
リスト編曲によるバッハ(BWV542-548)を纏めた1枚であるが、この曲に限らず全曲を通して高水準なのも嬉しいところ。
欠点と言えば表現がややストレート過ぎるというか、素っ気ない(よく言えばザッハリッヒな)ところで、もう少し情感や滋味があってもよいと思うところも少なくない。
- E.ジョイス(Pearl<36>)(3:00/5:20)◎-○
速めのテンポですっきりしており、技術的にも安定している。
清潔感のあるタッチが美しい。
解釈的にはワイセンベルクやサイのような大時代路線ではなく、トッコのような端正路線だがトッコよりも詩情というか細やかな表情づけが感じられる。
ただし途中(第44小節)で、曲が終わってしまったのかと思うほどの長い休止をとるのはちょっとびっくりする。
録音状態は、ピアノの音自体は悪くないのだが、スクラッチノイズがひどい。
これで音がよければベストにも推せる出来。
- ジャニス(Philips<47>)(3:16/5:56)◎-○
これも音がよければベストの1つと言えるかも。
ただジョイス盤と違ってこちらはピアノの音自体が割れ気味で聴きづらい。
ラ・サールと同様のしっとり路線(もちろんこちらが先)だが、繊細というよりは(よい意味で)おおらかで自然。
フレーズに表情がよく付いており、音色もよくコントロールされている。
ラ・サール盤でやや感じられるような入念さというか「作った」感じが薄い分、かえって聴きやすいかもしれない。
ただ終盤の盛り上げ方は(個人的好みから言うと)やや大げさかも。またトリルがもう一つうまく決まっていないところがある。
- デ・ワール(Etcetera<84>)(3:35/6:25)○
テクニカルにはよく弾けており、丁寧で落ち着いた仕上がりに好感が持てる。
タッチも洗練されており、ひとつの模範的演奏ではあるのだが、
ただ全体的に少しパンチに欠けるというか、もうひとつ押しが弱い感がある。
情感はあるのだが、ラ・サール盤ほど繊細というほどではなく、
かと言ってトッコ盤やジョイス盤ほど疾走感があるというわけでもなく、どこか中途半端な印象を受ける。
(テンポの遅さに見合った充実感・コクが感じられないと言ったら言い過ぎか。)
中庸の美徳と言えばその通りなのだが。
- K.オールドハム(VAI Audio<84>)(3:40/5:23)○
前奏曲はかなりユニークな解釈。ライナーノートでも本人が書いているように、グールドを多少意識したような、ペダルを抑制しかつノンレガート(というかスタカート)を多用したアーティキュレーションで、オルガン原曲の重厚な響きを模倣しようというな意識は全くない。タッチこそグールドとは違うが、解釈などは、もしグールドだったらこう弾いたかもしれないと思わせるほど。フーガもやはりノンレガート主体のアーティキュレーションで、各声部の強調の仕方など、かなり意欲的な表現。ただ惜しいは、タッチにやや安定性を欠くきらいがあるところ。トリルなどもトッコに比べるとちょっと甘い。テンポも難所で微妙に走る感じがある。あと、拍の始めの音にやたらアクセントを置くのも、ビートを利かせようとしているのだろうが、やり過ぎの感があってちょっと気になる。
- F.サイ(Warner Music<98>)(3:16/7:56)○
前奏曲は、強弱・緩急の幅が大きく、重低和音を派手に鳴らしたりして、前奏曲というよりは幻想曲あるいはトッカータといったふう。ペダルもふんだんに使い、現代ピアノという楽器の特性を活用して独自性を出そうとしている。フーガはかなり遅いテンポをとり、抒情的で、各フレーズの強弱や音色にかなり神経を使っている。論理的というよりは、感情に訴えるフーガという感じ。ただ、終盤でバスのオクターヴが入ってくるときに、ここぞとばかりにバリバリ鳴らすのは(盛り上げるためだろうが)ちょっと品がない。やはり(ワイセンベルクと同様)、ブゾーニ的バッハと言えるだろう。
- ワイセンベルク(EMI>)(3:02/5:36)○-△
前奏曲はトッコ盤にもう少しメリハリを付けた感じで、トッカータ風の名技性の顕示が曲に合っていて悪くない。フーガも前半はトッコ盤と似た雰囲気なのだが、後半に入って盛り上がってくると、演奏者の地が出てくるのか、テンポを速めたり大きくルバートを入れたりと、だんだんロマン派の曲のようになってくる。バスのオクターヴのパッセージなども当然のごとくまるでリスト作の曲のように鳴らす。リスト編曲のバッハをどう弾くべきか(楽譜には強弱や緩急の指定はない)、いろいろな選択肢があると思うが、個人的には、このような19世紀的な解釈よりも、あたかもバッハが書いたクラヴィーア曲のように弾いた方が好きである(リストの編曲はそれが可能なようになっている)。
- ソロモン(Philips<30>)(3:46/5:25)○-△
前奏曲はゆったりめのテンポで表情も少なく、トッカータ風のパッセージにもあまりピアニスティックさが感じられず、やや退屈。
フーガはそれに比べると速めのテンポでシンプル。
端正かつ音に温かみがあって、ジョイス盤と似たようなテイストが感じられる。
ただ(テンポが走るというほどではないが)やや弾き急ぐように感じられるところがあって少し落ち着かない。
音質は当然のことながら悪い。
- A.ピツァロ(Collins<96>)(2:50/5:31)○-△
トッコと同様、オーソドックスな解釈だが、タッチが雑というかぶっきらぼうな感じがして完成度が今一歩。と言っても、この曲だけを聴くとそれほど悪いわけではないが、CD1枚を通して聴くと(トッコと同様、リスト編曲によるバッハを纏めているが)、どうも技術的に心許ない印象を受けるのは確か(というわけで全曲盤としての評価は△)。そのため、どうも手が伸びにくい盤になっている。
- スパーダ(Frequenz<86>)(3:52/6:47)○-△
テンポがかなり遅めで、しかも頑ななまでにインテンポ。それでいて細部の表現に神経を使っているかというとそうではなく、単に楽譜通りに弾いているというか、悪い意味で機械的。よく言えばケレン味がなくスッキリしているということだが(基本的にこういう路線は嫌いでない)、さすがにちょっと味わいが無さ過ぎるか。特に前奏曲はかったるい。メカニック的に安定していることは確かで、安心して聴けるが。
- フランソワ(EMI<54>)(3:13/5:33)○-△
前奏曲はタッチがやや無骨で荒っぽい感じだが、フーガは(少なくとも前半は)音色やタッチがよくコントロールされていて、静謐な雰囲気が出ている。
ただ弾き進むに連れて地が出てくるのか、終盤ではテンポが走ってしまうところがあったり(ひょっとして意図的にアチェレランドしている?)、やや激しくなり過ぎるところがあったりして、出だしの冷静さを最後まで持続できれば、と思ってしまう。
音質はイマイチ。
- ハワード(Hyperion<90>)(3:25/5:22)△-○
前奏曲はストレートでやや荒々しい。
フーガは速めのテンポかつ主題をスタカート気味に弾いていたりしてかなり意欲的な解釈なのだが、途中でテンポが落ちたり、声部が重なってきたところで最初のアーティキュレーションがキープできなかったりと、技術がそれについていかないと感じられるところもある。
また全体的に(ハワードの全集にありがちなことだが)もう少し丁寧感があってもよいと思う。
- 高須博(WAVE Factory<96>L)(3:46/6:26)△
解釈の方向的には悪くないが、特にフーガでのタッチのコントロールがもうひとつで、技術的な安定感がもっと欲しい(ライヴということもあるだろうが)。微妙にテンポが揺れるところもある。
音色の変化など、表現意欲は十分感じられるが。
- グレインジャー(Pearl<31>)(3:52/5:39)△
前奏曲は一音一音を踏みしめるような、噛み締めるような足取りだが、名技的パッセージではスピードを上げるなど変化がやや極端。
フーガはストレート路線ですっきりしている(トッコあるいはスパーダと同じような路線)が、悪く言えば工夫が少ない。
また、一発録りのせいだと思うが、瑕が結構多い。
未記入盤
- デュベ(Syrius<2006>)(3:58/6:35)(ブログ記事)
- レスチェンコ(avanti classic<2007>)(3:01/4:37)◎-○(ブログ記事)
- シュミット(SWR<2010>)(3:34/6:10)(ブログ記事)
- ブニアティシヴィリ(Sony<2010>)(3:54/6:06)◎-○(ブログ記事)
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