プロコフィエフ ピアノソナタ第6番イ長調Op.82
- O.マルシェフ(danacord<91>)(8:00/4:34/8:13/6:29)○-◎ ジャケット
どの楽章も特に飛び抜けているところはないのだが、逆に必要なポイントはすべて(高いレベルで)押さえていて、これといったマイナス点が見つからない。
模範的演奏と言える。
強いて言えば緩徐楽章での表現の面白みが少ないこと、終楽章がややおとなしいのが惜しいところか。
解釈的にはあくまでクールで、やや抑制的と言えるかもしれないが、プロコフィエフに関しては下手に熱くなるよりこのような冷徹な演奏が私の好みである。
ちなみにこの曲は彼のプロコフィエフ・ピアノ曲全集の1枚目(vol.1)に納められており、彼の一番の得意曲なのかもしれない(あくまで想像だが)。
- F.チュウ(HMF<91>)(7:18/4:08/8:07/6:39)○-◎
第1楽章はむやみにテンポが速く、特に展開部はかなりのスピード。それでいて展開部のトッカータ的な部分(ナチス・ドイツあるいは日本軍の進攻を表してるという話もある)をほぼインテンポで弾いてのけるのは恐るべきメカニックである(アクロバティックでさえある)。
打鍵も非常に鋭いが、やや叩きつける感じで、また録音のせいかピアノの音が非常に乾いて潤いに乏しく、安手の金物を叩くような感じがするのが残念。
第2主題でもあまりテンポを落とさないためこの楽章の演奏時間は記録的に短い。
第2楽章も速くて歯切れがよい。ただ第3楽章は音的に魅力が薄い上に音色の変化も乏しくて、聴いていてややつらい。
終楽章も相変わらず小気味良いテンポで技巧もキレている。打鍵に覇気がみなぎる。ラスト2小節のffでの連打もよく響いて気持ちいい。ただ緩徐主題では音色を変えるなどの変化も欲しいところ。全体的にコクよりキレというか、キレだけで勝負という感もあるが、この曲ではそれもいいかも。
- ルガンスキー(Triton<95>)(8:45/4:26/7:19/6:45)○-◎
終楽章での技巧の冴えが素晴らしい。
途中の緩徐的な部分でテンポを落とすため演奏時間には現れていないが、ロンド主題のテンポは相当速く(ペトロフと双璧か)、かつプロコフィエフらしい推進力というかmotoricさが出ており、猛烈という言葉が似合う。
それでいて勢いに任せたりコントロールを失ったりすることはなく、あくまで彼らしい正確無比なメカニックを聞かせており、彼の面目躍如といえる(この楽章だけでも聴く価値がありそう)。
打鍵も明晰かつ切れ味鋭く、コーダでの(運命の動機のような)4連打が力強く響く。
第3楽章も(センスに難ありと思われた彼にしては)うまく起伏をつけて盛り上げている。
それに比べると第1楽章は(これも技巧的に非常に高いレベルにはあるのだが)やや重く少し平凡は印象を受ける。
- ハフ(ASV<85>)(8:45/4:54/7:49/7:04)○-◎
全体的に、プロコフィエフ特有の鋭利さやダイナミズムよりも、表現(特にテンポ)の連続性、統一感を大切にしているように感じられる演奏。
特にそれが現れたのが第1楽章の展開部で、テクニシャンの彼にしては意外なほど遅めのテンポをとるが、そのため他の多くの演奏のように途中(con brioのあたり)で一旦テンポを落とすことがなく、展開部全体が一つのリズムで一貫している。
同様にダイナミクスに関しても急激な変化が避けられ、そのため全体的に非常に落ち着いた、平静な印象を受ける。
ただこのため微温的に感じられる危険性がなきにしもあらずで、たとえば第3楽章は中間部のクライマックスでもあまりアッチェレランドやクレッシェンドせず、盛り上がりに欠ける感じがあるし、終楽章もゆっくりめのテンポで統一感があるものの、リズムが少し重いというか躍動感がやや少なく、少し聴いただけでは精彩に欠けるという印象を受けるかもしれない。
プロコフィエフらしいバリバリした演奏を期待する人には物足りないと思うが、この曲の別の解釈を聞かせるという意味では興味深い。
- ポゴレリチ(DG<83>)(8:30/4:43/8:16/6:42)○
第1楽章は冒頭の和音連打のところで微妙にタメを作るなど、ちょっとクセがあるのが気になるが、技巧はもちろん抜かりない。特に展開部はチュウに匹敵するスピードでかつ打鍵がコントロールされており、さすがに途中でルバートをかけるところもあるがこれだけのテンポなら仕方ないところか。第2主題も精妙。第3楽章は弱音主体で淡々としているが、もう少しドラマというか起伏があってもいいかも。終楽章も特異な解釈はないが、高度に安定した技巧を見せている。ただポゴレリチらしい「凄み」を見せるまでに至っていないのは少し物足りない。
- N.ペトロフ(Melodiya<71>)(8:14/4:19/7:34/6:00)○
打鍵が明晰で曖昧さがない。かと言ってむやみに叩き付けることはなく、第1楽章冒頭ffの和音など意外に冷静。展開部も割と落ち着いたテンポで、ところどころでクリアさを欠くところもあるものの、全体的にはリズムがキビキビしていて悪くない。第2楽章もカラっとして粘らないのはハフと好対照。第3楽章はデュナーミクなど、盛り上げ方がなかなかうまくて聴かせる。第4楽章は出色の出来。リズムがやや前のめりになる傾向はあるものの、スピード感・ドライブ感に満ちており打鍵も相変わらず力強く明晰。緩徐主題での変化もつけている。全楽章を通して欠点が少ないが、録音がやや古いせいか、音がドライで(いかにもMelodiyaの音)やや聴き疲れするのが少し残念。
- キーシン(Victor<86>L)(8:48/4:51/7:33/6:37)○-△
打鍵が力強く、音が深々とよく響く。15歳の演奏とは思えないほど。音が立っている。解釈は自然でひねったところはなくストレート。それでいて機械的になることがないのはいつもの通り。(後年のようにやや考えすぎてもったいぶったところもない。)第3楽章もよく歌い、音楽性を感じる。終楽章はやや張り切り過ぎというかスピードを出しすぎて細部が曖昧になるところもあるが(ミスもやや多)、勢いはある。特にリズムのノリが抜群。チャイコフスキーコンクールのオープンング・セレモニーでのライブだが、これを聴いて帰りたくなったという出場者の話(ライナーノートに載っている)も確かにわからんでもない。スタジオ録音で冷静かつ傷のない演奏を是非聴いてみたいもの。
- キーシン(RCA<90>L)(9:26/5:00/7:56/7:10)○-△
持ち前の技巧が冴えて立派な演奏だが、86年盤に比べると特に第1楽章で昔のキーシンらしい溌剌とした感じが薄れてきている印象がある。ニューヨーク・デビューリサイタルということで大事に行ったというわけはないだろうが、重厚ではあるが自発性というか、リズムのノリの良さが以前より減っている感じがする。第2、3楽章も(私と波長が合わなくなってきたのか)歌い方が何か表面的な感じがして86年盤に比べてあまり胸に響いてこない。終楽章は逆に86年盤に見られた張り切り過ぎの部分が減り、技術的安定度がはるかに増して良くなっている。力をコントロールするところは良くなったのかもしれない(が、キーシンにはそれは両刃の剣かも)。
- オフチニコフ(EMI<94>)(9:27/5:16/8:59/7:19)△-○
第1楽章はかなり遅いというか、ちょっと遅すぎ。ルバートが多く、テンポも恣意的に揺れる。展開部のスピードは普通に戻るが、難所ではタメを作るなど、インテンポ感に欠ける。チュウやペトロフのような突進路線とは対照的に詩情を重視しているようだが、この曲に合っているかどうか…。第3楽章ははやり遅めのテンポだが抒情的でなかなか聴かせる。終楽章は技巧に安定感があり、キレもあってかなり良い。緩徐部分はやはりかなり遅めのテンポをとり、急速部分との対比が激しい。この楽章の出来が第1楽章でも出ていれば、という感じ。
- B.ベルマン(Chandos<95>)(8:36/4:23/7:18/6:46)△-○
第1楽章は全体的にはまずまずなのだが、ポイント(だと私が思っている)となる展開部でのインテンポ感というかモーター的リズムの徹底さの点でイマイチ。難しいパッセージを折り込むところでどうしてもタメやルバートが入ってしまうし、クリアさも足りない。2、3楽章も非常にオーソドックスでツボは押さえている。あまり粘らないのがいい。終楽章も、破滅的な冒険は避け、落ち着いた手堅い技巧で悪くない。全体的にどの楽章も特に悪いところはないのだが、どうしてもこの演奏、という特長に欠ける。基本は押さえているとも言えるのだが。
- ブロンフマン(Sony Classical<91>)(8:57/4:49/7:33/6:49)△-○
技術的には悪くないのだが、やはり第1楽章展開部でややテンポの安定性に欠ける感があるのが気になる。
難所でルバートやタメがあるのはある意味で仕方ないのだが、(微妙ではあるが)テンポが走るところがあるのがいただけない。
それを補うような特徴があればよいのだが、どちらかというとテクニックの堅実性や安定性がウリ?のタイプの演奏家なだけに、独自の解釈やキラリと光るようなセンスは感じられず、改めて聴いてみようとする気になりにくい盤になっている。
- N.ペトロフ(Olympia<91>L)(7:36/3:58/8:10/6:00)△
スタジオ録音のMelodiya盤に比べると、ライヴだけあって表現の幅の大きさ、勢い、自在さ、即興性が増している感じだが、逆に欠点も見受けられる。
ミスタッチが目立つというのではなく、細部の処理で多少明瞭さを欠いたり、勢い余ってテンポのコントロールを失っている(走ったりする)ようなところである(
もちろん意図的にアゴーギクやテンポの変化を大きく付けているところもあるが)。
緩徐楽章などで音楽的なセンスを感じさせるところは相変わらずで、音も(Melodiya盤と違って)瑞々しい。
終楽章の追い込み、白熱感などもMelodiya盤以上だが、やや指の勢いに任せた感じがあり、総合的な評価になるとやはりMelodiya盤に軍配を上げざるをえない。
- K.W.パイク(Dante<92>)(8:12/5:31/9:42/7:00)×-△
第1楽章はテンポは速いが、勢いだけで、雑というか完成度が低い。スピードに技術がついていっていない感じ。テンポが走るところもある。また音が良くない(金物を叩くような音)のも悪印象。第2楽章はかなりゆったりしたテンポ。タッチをよくコントロールしているという感じがないだけに、単にもったいぶっているだけという印象を受ける。第3楽章も遅いテンポでかなりダレ気味。終楽章はよく言えば落ち着いているが、微温的でキレがない。テンポも遅め。細部が曖昧になるなど、技術的にやはり精彩を欠く。
- リヒテル(Memoria<81>L)(8:46/3:58/6:33/6:46)×-△
全体的に技巧的にも音楽的にもあまり見るべきところはない。技巧的にはむしろぎこちない。録音もいまひとつ。その中では第3楽章が一番聴かせる(音楽センスが一番試されるところ?)が、特筆するほどでもない。終楽章は技術的にもだいぶ盛り返してきたが、それでもところどころに危うさを残す。正直言ってリヒテルが弾いているという事実がなかったらCDになることもなかったであろうという感じ。
- Soifertis-Lukjanenko(Partridge<89>)(8:41/4:42/7:36/7:12)×-△
第1楽章は技巧的にイマイチ。特に展開部では苦しさが見える。2、3楽章はまあ普通。終楽章も技巧的迫力に欠けるというか微温的だが第1楽章ほと致命的ではない。こうしてみるとこの曲は(私にとっては)第1楽章の展開部が一番ポイントになっている(というか、不満が残ることが多い)ようである。ここは何者をもなぎ倒して突き進むようなモーター的リズムを是非聴かせて欲しいところである。
未記入盤
- カスマン(Calliope<93>)(8:55/4:23/7:40/6:52)
- ポゴレリチ(Croatia Records<77>)(8:59/5:01/7:41/6:45)
- トレプシェスキ(EMI<2001>)(7:56/4:38/7:42/6:53)
- ギイ(naive<2001>)(9:05/3:49/7:19/7:21)
- グレムザー(Naxos<99>)(7:01/2:57/8:13/5:46)
- F.ケンプ(BIS<2001>)(7:45/4:59/8:28/7:09)
- ルガンスキー(Warner<2003>)(8:21/4:24/7:10/6:43)
- ガヴリリュク(VAI<2005>L)(8:05/4:35/6:45/6:40)(ブログ記事)
- マクダーモット(Bridge<97>)(8:11/4:13/8:54/7:19)(ブログ記事)
- アブドゥライモヴ(Decca<2011>)(8:10/4:50/8:08/7:33)(ブログ記事)
- コジュヒン(Onyx<2012>)(8:31/4:17/7:19/7:16)
- メルニコフ(HMF<2015>)(7:26/4:13/7:10/6:28)
- Yakushev(Nimbus<2014>)(8:46/4:55/8:13/6:26)
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