レコード(CD)批評に関する不満

inserted by FC2 system 音楽雑誌などに載るレコード(CD)批評に関して私が日頃不満に思っていることは主に次の3つである。
  1. 比較論が少ない。
  2. 技術論が軽視されている。
  3. 演奏者のネーム・ヴァリューに左右される。

一つめの比較論が少ないというのは、要するに他盤と比較しながら論じることが少ないということ。 批評を読むときは、評者がその曲に対してどういう考えや評価基準(どういう演奏が理想的か、好ましいか)を持っているか、またその演奏はその基準に照らしてどうなのかを知りたい。 それを示すために効果的な方法は、他盤(参照盤)と比較しながら論じることである。 この演奏は**盤に比べると**の点が優れているが、**盤と比べれば**がもうひとつだ、などと言われれば(少なくとも参照盤を聴いたことがあれば)わかりやすい。 逆に、単に「この演奏は良い」と言われると、「じゃあ、あまたの競合盤の中でどの程度良いの?」と聞きたくなる。 また、参照盤に挙げられるのは評者にとって文字どおりリファレンス盤であるわけだから、その参照盤が自分の好みに合うものかどうかで、その批評がどの程度自分に参考になるかがわかる。 この点、Gramophoneでは参照盤を挙げながら批評をすることが基本となっており、評者のスタンスや好みを知る上でも参考になる(が、日本語版の評者はなぜかほとんどこれをやっていない)。 宇野功芳氏がよく使う「この演奏は、**、**と並んでこの曲のベスト」という言い方も、比較という点ではよい方かもしれない。 多くの評者はたまたま同じ月に出た他盤と比べる程度であろう。

二つめの技術論が軽視されているというのは、要するに純粋な技術・技巧(メカニックと言ってもいいかも)の巧拙に関する話が少ないということ。 この背景には、音楽においては技術は表面的、皮相的なもので本質的な問題ではないという、いわば「精神主義」的な土壌があるのかもしれない(逆に音大等の専門教育段階では技術偏重の感じはあるが)。 いきおい、批評は精神論や解釈論に走りやすいが、これらは評者の感性や趣味にかなり左右され、何がよいとは一慨に言えない部分もある(ちなみに私はレコード評で「精神性」「内面性」などの言葉を持ち出されるとちょっと眉に唾をつけてしまう)。 その点技術の話はある程度客観性があるというか、白黒がはっきりしている。 例えばあるフレーズが正確かつクリアに弾けているか、テンポの揺れはないか、タッチは十分にコントロールされているかなどの話であるが、このような点に関しては「過不足ない技巧」程度でお茶を濁されてしまうことが多い。 そのくせそう評された盤を実際に聴いてみると技術的に結構怪しかったりして、評者に技術を云々するをする能力があるのだろうかと疑ってしまうことも多い。 (あるいは白黒がはっきりしていることが、逆に評者を遠慮させているのかもしれない。つまり解釈、表現がどうのこうのと言われても、評者とは考えが違うという言い訳ができるが、技術が劣ると言われたら、特に新人演奏家にとっては致命的になってしまうかもしれない。) この点、弦楽器曲に対する渡辺和彦氏の批評は技術論が多いにあって(必ずしも内容に同意するわけではないが)参考になるのだが、鍵盤楽器ではそのような批評があまりないのは寂しい。

三つめのはあくまで私の印象であり、確固たる証拠があるわけではない(評者の頭の中を覗けるわけではないので)。 が、実は一番切実に思っていることである。 要するに音楽そのものでなく、演奏者で判断されることが多いということ。 無名の新人が弾けば「技術がおぼつかない」と言われそうなものが、老大家が弾けば「外面に囚われない滋味豊かな演奏」になってしまう。 あるいはデビューCDが「まだまだ青い」みたいな評価をされた演奏家が、後で大成して同じCDが再発売されたときには手のひらを返したような高い評価を与えられる。 その節操の無さには、あきれるのを通りこして感心してしまう。 (ただし、先入観を持って聴いてしまうことがあるので必ずしも意図的にそうしているとは言えないだろう。 また、評論家はレコード会社と密接なつながりがあるから、その意向に反するような、スター演奏家をけなすようなことはあまり書けない…という話はこの際置いておく。) 無用な先入観を排すためにも、レコード批評は演奏者を伏せたブラインドテストで行うべきだろう(私のHPのCD聴き比べも、本当はブラインドテストをしたいところだけど、自分でCDをセットするのでそれも難しい)。 「レコードは、そこに録音された音楽そのものだけでなく、演奏者等の人物背景も含めて評価すべきである」という考え方もあるかもしれない。 だとしたら私とは基本的な考えが異なると言うしかない。

また三つめのことに関連して、(これは言うまでもないことかもしれないが)批評家が演奏家と親しくなるのは避けるべきだろう。親しくなってはどうしても筆が鈍る。よく雑誌で評論家が演奏家に太鼓持ちのようなインタビューしていることがあるが、彼はその後に出たCDに対して厳しい評価を下すことができるのだろうか?(できるほどの冷徹な心も持っているならば何も言うことはないが。) 私のコンクールレポートも、もし演奏者と知り合いだったらあれだけストレートに書けるかどうか自信はない。

なお、以上はレコード「批評」としての話であって、単なるレコード紹介、試聴記ならばもっと気軽に読めるものであってよいだろう。

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